【タマガ探訪記】 彫刻になったゴッホと箱根で出会う
彫刻の森美術館(神奈川県箱根町)
訪れたのは11月中旬の平日。雲ひとつない快晴、屋外展示を楽しむのにうってつけの彫刻の森美術館日和だった。日本人だけでなく外国人も多く訪れており、平日にもかかわらず賑わいをみせていた。7万平米もあるという広大な敷地の中に約120の彫刻が置かれている。作品には触らないのが基本的なルールだが、中に入ったり腰掛けたりできるものもある。音声ガイドのある作品も15個あり、作品の見方を教えてくれる。
印象に残った彫刻をいくつか紹介しよう。1つは《ネットの森》という子ども向けの施設からピカソ館に向かう坂道の途中にある、オシップ・ザツキンの《山野を歩くファン・ゴッホ》(1956年)だ。イーゼルとカンヴァスを背負い、麦わら帽子を被って一歩足を踏み出しているその男は、一目ではゴッホとは分からなかった。だが、細長い身体にどこか暗い印象を覚えながらも、何がしかのオーラを感じた。
キャプションには「作者はキュビスムの影響を受けた後に、理知的な形態の探求よりも劇的な表現を求めました」とあった。キュビスムはゴッホがジョルジュ・ブラックと一緒に始めたムーヴメントだ。キュビスムを通じて私淑していたザツキンがゴッホを表現したということか。頬はこけ髭の伸びたそのゴッホの顔は無表情で、真っ直ぐ前を見ている。手にはペンまたは筆のようなものを持っている。正面からみると呆然としている印象を受けたが、作品の横を通って後ろにまわると、一転して背筋を伸ばして軽やかに歩くゴッホの姿があった。
もう1つは、ガブリエル・ロアールの《幸せをよぶシンフォニー彫刻》(1975年)だ。大きな塔のような外観で、中に螺旋階段があり一番上まで昇ると箱根の山々や美術館の敷地全体を一望できる。外から見ても分からないのだが、壁面はステンドグラスで構成されており、中に入るとその美しさに浸ることができる。ステンドグラスは東南西北の方角に合わせて春夏秋冬の場面に4分割されている。螺旋階段を昇り降りしながら四季を巡ることが出来るとキャプションに書いてあったが、高さがあるため恐怖が勝ち、余裕をもって見ることのできない人もいるかもしれない。ステンドグラスの図柄には抽象的な形が多いが、ロバに乗った男女や花などの草木、月などを探して見つける楽しさもあった。
途中でカフェに寄りながらゆっくりと1時間半かけて館内を1周し、広場に戻ってきて最後にカール・ミレスの《人とペガサス》(1949年)を見た。細長く高い台座の上に取り付けられた天馬ペガサスとコリントスの英雄ベレロフォンは、鑑賞者に腹を見せて空へと飛ぼうとしている。逆光のためシルエットしか見えなかったが、軽やかな姿はブロンズの重さを感じさせない。
美術作品はケースに入れられ厳重に管理されているものが多い中、彫刻のために建設されたこの美術館は、起伏のある広大な敷地の中で樹木のようにたくさん立っている彫刻の森を散策しながら楽しめる。長年雨風にさらされながらも、形を変えることなくそこに立ち続ける彫刻の強さやエネルギーを存分に感じることができた。
撮影・文=髙久華
撮影(*)=小川敦生
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