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【詩】チョコレート

暖かい日差しが斜めに差し込んでくる
閉じたカーテンすらも翻すように

痩せ衰えたからだ
手にとった腕に
波打つ脈という生命
抵抗の弱い湿潤


折れ曲がった背中に
彼女が今まで背負ってきた
苦しみや悩みの重さを
問いかけてしまいそうになる

こぶしを突き出したかのような
背骨の出っ張りの大きさに
さすった手は思わず固唾を飲んだ

からだ中の骨格は
皮膚を突き出してくる

寝たきりの彼女が
抵抗を受け止められるのは
背部のでっぱりただひとつ

あらがえないいたみ
病院という日常からの隔離

その痛みの大きさや感じ方を想像しても
自分の体験の引き出しにはその参照すらもない

くたびれるから、もういいよ ありがとう。

わたしもさすってると落ち着くんです。

さする ただそれだけしかできなかった
きもちいいって返してくれて どんなにうれしかったか


いつかえれるんだろうねえ…
 ふと発せられた言葉にたじろぐ私

 ご主人には そのこと 伝えましたか?

いったよ、
今は寒いからやめとこう
           って

これ以上に、相手を思いやる答えがあるだろうか

私が真っ直ぐに返せなかったそのひとことに
ご主人は思いやりだけで返してしまったのだ

毎日欠かすことなく1時間の面会に訪れている
ご主人のやさしく、あたたかい、まなざしをおもいだす

いつまでも彼女のそばで寄り添い続けます

その覚悟に
さりげなさに
ぐうの音も出ない

この夫婦の積み重ねてきたものたちに
勝るものなどあるのだろうか

彼女が見つめるオーバーテーブルに
差し入れのチョコレートのかけら
たべきるまでは 溶けないでいて


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