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推しがアイドルを卒業した

結局、赤単色のキンブレが買えなかった。

赤のワンポイントが入った洋服、赤のトートバッグ、赤い傘、赤いiPhoneケース、赤いスニーカー、現場に行くときは手を変え品を変え推しの色に染まるのが楽しかった。最初は表情の硬かった推しも、ライブに続けて通うと顔を覚えてくれてちょっと含んだような笑みを見せてくれる(ような気がした)のがたまらずチケットをCDをブロマイドを、集めた。脳内麻薬だ。地下アイドルたるもの、いつ終わるかわからない、でももしかしたら一発当てるかもしれない、だってこんなに輝いているのだから。そんな日々が続いた。


彼氏と別れた次の日に無理やりライブに行ったこともあった。いろいろ、悩んでいた。彼氏に費やす休日ばかりで久しぶりだったライブ、推しは変わらず輝いていた。「頑張ろう」素直にそう思えた。悩んでいたゼミでのアイドル研究も続けよう、と誓った。新しいアイドルにも出会った。(皮肉なことにまた彼らも3ヶ月後に解散することになる)。
あれも一つの転機だったか。

2018年2月28日の夜だった。所用のためをSNSをあまり見ず、コンテンツに触れないようにして半年、色々なことが上手くいっていなかった私はなんとなく(Twitterを見よう)と思った。
今年の7月に解散する、グループの公式Twitterが目に飛び込んできた。


別になんてことはない、虫の知らせだなんていうのも烏滸がましいくらい推しとは縁遠くなっていた。推しとか言っておきながら初めて会った年の誕生日ライブは留学で行けず、今年も悩んだけれど私用で干した。もともと私生活優先の推し事、そこに後悔も反省もない。まあさすがに来年は祝えるだろう、と高を括っていた、それだけの話。

最後のライブは解散発表から約5ヶ月後だった。この5ヶ月、私生活にも目まぐるしい変化があって、慌ただしかった。いつも一緒の古参の先輩は関ジャニのライブで北海道へ行っており、一人きりのライブになった。仕方ない、どこの界隈も過渡期だ。

最後の夜は大勢の人と照明でムンムンと暑くて、見たことないくらい席がぎっしりと埋まったお祭りのようだった。まるで一番大きな箱でライブをやっていた最盛期に戻ったかのような空間。誰かが「これは同窓会だね」と言い、皆笑っていた。なるほど、いたるところで懐かしい顔が挨拶を交わしていた。あ、あの人まだ生きてたんだな、なんて思って不思議と暖かい気持ちにもなる。

解散ライブは怒涛のようだった。メンバーが死ぬか、ファンが死ぬか、どちらが先か、と思うくらい激しく、正直断片的にしか思い出せない。ただ一つ、自分なりにようやく理解したことがある。
彼らは各々、アイドルの顔を持った普通の人間だ、という当たり前のこと。

あるメンバーは得意の狙い撃ちファンサを5割増しに繰り出し、あるメンバーは固い握手に気持ちを乗せ、あるメンバーは会場にいる人を1人ずつ真剣に見つめた。もう明日から同じ場所に集まることはできない、それを知って、でも、アイドルとファンの敷居を超えないように、じりじりとした気持ちを腹の底に溜めているのを感じた。

印象に残った挨拶が一つある。
「僕は、今年が20代最後です。まさかここまでアイドルを続けられるなんて思ってもいませんでした。夢を見させてくれてありがとう。もう、十分です。これ以上望みません。」
まあニュアンスだ。しっかり覚えていない。でもこの挨拶は衝撃的だった。
地下アイドルの生態はまだよくわからない。20代なんて、今どき人生100年時代を掲げる世間からしたらまだまだ序の口だ。それでもアイドルは限られた人の限られた時間だけが生産できるもの、それは変わらないらしい。

ライブ終了後、ライブハウスを出た歩道でファンは行き場をなくしたように小さな輪をいくつも作っていた。無言でネオンを見つめる人、泣いている人、別れを惜しむ人、皆帰り道へ背を向けているようだった。
私はTwitterで見つけたラストシングルのCDを譲渡してくれる人と落ち合う約束を取り付けた。在庫切れで物販ではもう買えなかったから。CDタイトルは「寂しい時はこれを聴いて」。CDがなくちゃ聴くことも許されない。

近い将来こうなることは分かっていた。だから赤いものをあんなにたくさん集めたけれど、赤い単色キンブレだけは買えなかったのだ。

解散のタイミングは一番年下の推しが成人を迎えたから。


今できっと良かったんだ。


思っているけど、まだまだ彼らの曲と記憶からは逃れられない。
近日から始まる主演の舞台、推しは変わらず熱心に稽古に打ち込んでいる。
最年少の推しには、芸能界でのチャンスがきっとまだある。
それはどういう方向性なのか、それは神のみぞ知る、というヤツだけれど。
歌って踊る推しの姿を求める人間は、過去に囚われないように、ただ前を向いてもがき続けよう。

ZEN THE HOLLYWOODメンバー、ハリウッドカラーレッド、阿部悠真くん
今まで本当にありがとう。
幸せになりましょう。

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