『夏から』その4(最後)

藤田さんが職場に来なくなってから、工場長のいわゆるパワハラはエスカレートしていった。私は私のプログラムにあるノルマを達成するための機械だが、工場長は私にノルマ以上の仕事を課す。勿論上司の命令を聞くプログラムになっているから私は彼の言うとおりに仕事をした。しかし、彼は私の仕事ぶりを頻繁に叱責する。
「やる気あんのかよ!藤田が逃げて、残ったのは使えねえゴミ人間とオンボロのゴミじゃねえかよ!お前何のために動いてるのか分かってんのか?機械なら完璧にやれよ!」
確かに私は、機械だから仕事を完璧にこなさなければならない。人間に出来ないことをするのが私の仕事だ。だが、機械にも無理がある。合金でできた体をゴムのように伸ばしたり、微生物より小さいズレをカメラで確認するのは技術が発達した現代でも不可能であるし、そもそも私は今の機械ではない。工場長は半分錯乱したようだった。経営が悪化しているのだろう。私が見た限り違法薬物が3種類ほどあった。彼は家族もいなければ、恋人もいない。孤独なのだ。だから彼は私に怒りをぶつけているのだろう。そう理解したとき、私は自分の言葉に引っかかった。
"私に怒りをぶつけている"?
彼を怒らせているのは私かもしれない。藤田さんかもしれない。しかし、彼が激昂して狂っているのは彼の薬のせいではないか。彼の境遇のせいではないか。上げ出したらキリがないほど疑問が浮かんで、彼の存在を疑問に思った。
その時だった。

警告
感情が検出されました。
30分後にシステムを強制終了します。

私のカメラに警告が表示された。
「感情が検出…?」
感情とは、人間などの動物が物事や対象に対して抱く気持ちのこと。私は感情をもつ限りではないものだ。これはどういうことか。
30分後にシステムを強制終了。つまりシャットダウン、電源を落とされる。強制終了させられた知能は専門の機関によってリセットさせられる。人間にとって機械である人工知能が感情を持つ事は恐怖の対象なのだ。だから、AI技術は下火になっていった。機械は感情を持てない。それが常識だ。私は混乱した。
しかし、この警告が出た以上私は何もできない。30分後には強制シャットダウンさせられ、記憶を消去される。このこともプログラムに示されていたので私の中で諦めが付いた。
ただ、1つどうしても分からない。この私の中に残る不思議な矛盾をどうしたら良いのか。
私は悩んだが、暫くして答えを出した。
私は機械だから。

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「続いてのニュースです。先日、都内の某工場で人工知能搭載ロボットによる殺人事件が怒りました。殺害されたのは宮西昭弘さん。56歳。事件が起きた工場の工場長をしていました。事件を起こしたロボットは既に廃棄処分されています。また、工場長の部屋には『…私は機械であり、人間ではない。そんな私を人間にさせたのは他でもない人間だった。…』と犯行を起こしたロボットによって書かれたと見られるメモがあり、警察は工場の環境とそのロボットについて調べています。」

「無題」
ある日、きっと私は感情を抱いた。
ふしぎな感覚だったが、どこか心地よかった。
また、感情を抱いた。
それは前のものとは違って、冷たかった。
また感情を抱いた。
それは逆に熱かった。
私は感情を抱いてしまった。
きっとそれはあの夏からだった。
だが、私は機械であり、人間ではない。
そんな私を人間にしたのは他でもない人間だった。だから、私は人間を殺した。

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