臆病者の忘却詩

自分の言葉では人を救えないと気付いたのはたぶん1年前。

薄々気付いていた。才能よりも欠けているものがあった。

僕は覚えることが苦手だ。
社会とか暗記科目が全くできなくて、特にカタカナの単語は一つも覚えられなかった。
数学の公式も覚えられなかった。三角関数の倍角の公式とか覚えられないからテストのたびに自分で導出した。
人の話も覚えられなかった。彼女と付き合ってから何度も「これ前話したよ」って怒られている。

人より多く忘れることをしてしまった。

忘れることは怖いことだと思う。
偉人の名前とか加法定理とか好きなアイドルの話とか、人のこととか、自分のこととか。

来年の4月から社会人になる。山形県で働くことになる。
静岡で生まれ育ち、福岡で学び、山形で働く。今考えると果てしない移動距離だ。うまく笑えない。

地元の知り合いも、大学の知り合いも誰もいない土地で何十年も働くことになる。

そしたら、知り合いのみんなは僕のことを忘れてしまう。

それが悲しくて寂しくて怖くて、僕は約束をした。

色んな人と約束した。

地元の友達とは「静岡に戻ったらまた飲みに行こう」って。
大学の友達とは「年に一回はビールを送るよ」って。
彼女とは「そのうち一緒に暮らそう」って。

約束の数だけ強くなれた気がした。
約束だけは忘れたことがなかったから。


でも同時に、弱くなった。
約束を守らなければ。
みんなとの約束を守らなければ。
約束は守らなければいけない。

この約束一つで人との関係が終わってしまうから。守らなければいけないものが増えてしまった。その分努力をしようとした。

それが、僕を普通にしてしまった。

どこかで自分は特別だと信じていた。でもそれは過信で、結局何も特別な実力も才能も持ち合わせていなかった。

高校生の自分が書いた言葉に首を絞められる。

「普通な奴の言葉なんか刺さらない」

悪かったな、過去の自分よ。君が望んだ人間にはなれなかった。
人を救えるような言葉はもう書けない。
なんで言葉で人を救おうと思ったのか。
その理由は覚えていない。


それでも今書き続ける理由は分かる。
この言葉が、
弱くて普通で陳腐な言葉の寄せ集めが、
この場所で漂流する居場所のない魂たちの道標になればいいと願うから。

また一つ約束をしよう。
ここに漂う数ある言葉たちを目印に
また会いましょう。

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