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掌上拾集 ー散逸する言葉を集め掌中の玉と成すー

こんにちは、たまづきです。
今回はおはなしパートとお知らせパートがあります。
おはなしは別にいいや、という方は目次から「……結局何を~」に移動してください。

おはなし

 暗い中を歩いていた。

 どうやらここは夢の中のようで、明かりのない闇の中でも己の手が見えることがその証左であった。夜毎訪れるこの世界には、人はおろか動物すらおらず、五感に届くのは「無」のみである。この状況には慣れていて、今宵もいつもの繰り返しだろうと悟った私は、歩みを止め、ただ中空を見つめた。人によっては発狂してしまうであろうこの世界は、無であるからこそ平穏で、私の心を乱すものはない。生来五月蠅いことを厭う私には、まさにうってつけの世界だ。

「ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けましょう。」

 お気に入りの中也の詩を口ずさむ。

「月は聴き耳立てるでしょう、すこしは降りても来るでしょう、われら口づけする時に、月は頭上にあるでしょう。」

 無の世界に声が木霊する。跳ね返る音は闇に溶けると、かすかな風に姿を変えた。その変化に気を良くして静かに詩を繰り返せば、世界はだんだんと無から有に変わっていく。この不思議な現象は、夢を見始めてからひと月程過ぎた頃に見つけたもので、今では私のお気に入りだ。
 ここでは詩を繰り返すごとに言葉は精度を増し、有としてこの世界に還元される。十も繰り返したころには小さな波音まで聞こえてきた。遠くでは、どうやら水の溜まり場もできたらしい。言葉から生まれた水音はどのような姿をしているのか、気を引かれた私は水源へ向かってゆるゆると足を進めることにした。暗い中で歩みを進め、聞こえてくる波音の大きさがおよそ倍になったころ、ただ歩くだけに飽きた私は手持ち無沙汰も相まって、今まで試したことのない他の詩を吟じてみたくなったのだった。

「月夜の晩に、ボタンが一つ」

 規則正しく寄る音に調子を合わせる。

「月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちていた。
 それを拾って、役立てようと、僕は思ったわけでもないが
 なぜだかそれを捨てるに忍びず、僕はそれを、袂に入れた。」

 波の音は心地よく、次の言葉を強請る。

「月夜の晩に、ボタンが一つ、波打際に、落ちていた。
 それを拾って、役立てようと、僕は思ったわけでもないが
 月に向ってそれは抛れず、浪に向ってそれは抛れず
 僕はそれを、袂に入れた。」

「月夜の晩に、拾ったボタンは、指先に沁み、心に沁みた。
 月夜の晩に、拾ったボタンは、どうしてそれが、捨てられようか?」

 朧げな記憶を頼りに、詩を口ずさみながら歩く。すると一際大きく波の音がする場所に着いたが、そこは「無」であった。何もない、いや音はあるのだが。どうやら水を発生させることは無理だったらしい。しかし音は、そこに在るであろう波の、寄せては返すを耳に伝えている。
 そういえば、と独り言が口から零れた。詩にはボタンが出てきていたが、どこかに落ちているのだろうか。零れ落ちなかった憶測は頭を満たし、視覚を動かし周囲を見回させるが、ただただ映るのは闇ばかりでボタンなどない。しばらく探しても見つからないそれを少し残念に思いながら、ではせめて砂浜の感触だけでも、と他の感覚を研ぎ澄ませれば、着ていた上着のポケットから微かな違和感を覚えた。
 私は思わずポケットに手を突っ込んだ。すると爪から僅かな衝撃とカツリ、と小さな音がする。撫でてみるとそれは象牙のようなつるりとした感触で、大きさはボタンのそれであった。私は言葉が還元されて生まれた物質に触れられる興奮を噛みしめながら、その物質を握り、ポケットから取り出し、ゆっくりと開いた。
 掌には、まろく柔らかい光を発する小さな玉がのっていた。本来ならば危険性のないただの玉。しかしこの世界で闇を表す黒色しか知らない私の目には鋭く強烈で、瞬く間に目を穿ってしまった。

 あれはそのとき見せたのだ。
 私が厭う激しい感情を。

 それは喜びであり嘆きであり、恐怖であり幸せであった。それであって私が今まで避けてきた人のあらゆる感情の全てで、背を向けていたものであった。
 私は恐怖した。無であるはずの平穏な闇に突如として現れた光、それにこの身、魂の全てを焼かれてしまうのではと錯覚した。そう感じてしまえば玉を持っていることなどできず、存在するのかも分からない波に向かってそれを投げつけていた。宙に放られた玉は手から離れ、少ししたところで無数の光となって散っていった。そうして私は目を醒ましたが、夢の内容を終ぞ忘れることはできなかった。   

 なぜなら、玉を離したその瞬間、私は五感を失ったのだから。

 今思えば、投げ捨てたあの玉は私に残されていた数少ない情緒のようなものだったのだろう。五感を失った私は、あの日から昼も夜も夢も現も分からずただ死ぬのを待つ身となっていた。
 しかし、神、というものはまだ私に希望を残していてくれたらしい。近頃ある一定の時間になると闇の中で小さな光が見えるのだ。きっと見ている時間は夢で、光は私が投げ捨てた玉の破片なのだろう。これを集め、玉に戻せば何かが変わる、と本能が理性に訴えかけた。

 だから私は集め始めたのだ。
 夢のかけら、私が捨てたいつかの物語のかけらを。

※中也の詩:中原中也「在りし日の歌 亡き児文也の霊に捧ぐ」より
湖上、月夜の浜辺


……結局何を言っているの?

短編集の題を決めました、「掌上拾集(しょうじょうしゅうじゅう)」です。

私(おはなしの人、性別も年齢も知らない)が捨てて散っていってしまったものを、また掌に拾い集めていきましょう、という意味を持たせています。
上に書いたおはなしは、題に合わせた世界観の説明書のようなもので、きっと多分いや間違いなく加筆修正はしますが、お話が集まったらはじめに入れたいな、なんて思っています。許してくれます?

しょうじょうしゅうじゅう。なんだかリズムが取れそう。
単語としてはあまり聞かない言葉かもしれません。なので少しだけ説明も。

掌上、手のひらの上のこと。 掌編からイメージした言葉です。
掌編とは掌編小説を指し、短編よりもさらに短い小説のことをいうのだそうです。詳しい意味を知りたい方がいらっしゃいましたらこちらからどうぞ。

そして拾集という単語は本来、しゅうしゅう、と読むのですが……語感がいいのでじゅう、としました。きらきらネームですね。
我ながら良い題(音)になったのでは、と思っています。えっへん。

掌編?

掌編。そう掌編なのです。
短編集を作ろう、と言っていたにも関わらず……舌の根乾かぬうちにですが、掌編集に変更します。短い方が、参加いただく際の敷居が下がりそうですし、ね?ね??

……私はいろんな方の作品をたくさん読みたいのです。お許しを。

次の更新では、いよいよ最初の共通文を発表します。お楽しみに!
(まだ固まってはいないけれど)

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