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F553 LOU

友人がいつの間にかニッチな音楽のリスナーになっていて、わざわざ海外からCDを取り寄せるような様子をいつも目にしているのだが、先日僕も国外に在庫がある、ある商品を注文することになった。それまでにはさまざまな出来事があった(自分の頭の中だけで起こっていたことかもしれないのだが)。その経緯と、何を買ったのかについて記録しておきたい。

僕は実に3年ものあいだ、高校時代からショルダーバッグを探していた。教材を入れるためのリュックしか持っていなかったので、友達と会うときにはいつも母に「KETCHUP」と書かれた赤いトートバッグを借りていたが、快適とはいえなかった(使っているうちに、撫で肩であるということが判明してしまったので)。そしてクロスボディ、つまり斜め掛けのバッグの必要性に気づいた。しかしながら、どうすれば自分のイメージ通りのバッグが見つかるのかは見当がつかなかった。大学に入学してから、メルカリを通じてひたすら90年代〜00年代のものを漁っていたけれどキリがないので嫌になってしまった。そしてやっと遭遇したのは、FraitagのF553 LOUというバッグだった。Freitagというブランドについては以前から認識していたものの、自分の基準からして値段が桁違いだったので、無意識にバッグ探しの候補から外れてしまっていた。けれどやはり、Freitagは値段も違うけれど他のどのバッグとも違う、と考えるようになった。

Freitagはご存知の通り使い古されたトラック・タープを再利用してバッグやアクセサリーを作る会社だ。すべてが一点もので、回収してきたタープを洗浄し、ストックして、デザイナーがその一部を切り取ってバッグに変える。当然だが、出来上がったバッグの表面には道路を走行していた時代の傷や汚れ、色褪せが存在する。F553 LOUは、1Lのペットボトルが2本ほど入るショルダーバッグである。理想的なサイズであり、タープの切り取られ方、模様の写り込み方もおもしろかった。オンライン・ショップをこまめにチェックしていたが、決断が下せず、何度も欲しい個体を先に買われてしまった。そして今度こそ、という個体が現れた。Paypalのアカウントを作り、買いますと母に申告して注文することができた。本当にありがとう。

彼(と呼ぶことにする)は、白地に深い赤紫色の柄が入ったタープでできている。火山の稜線のような緩やかなうねりが、フロント部分の面積にぴったりと、左右対称に収まっている。そしてその頂点が、上部にあるポケットの線ときれいに接している(!)。

火山の天辺と接する空。

裏返すと、角を丸くした長方形のような図形(カプセル薬や、繭のようにも見える)が、これまたボディの中心に整列して配置してある。そしてこの深い赤紫色は、オオミズアオの翅の前縁や、ノコギリクワガタの背中を思い出させる色だった。これらのバランスの取れたすべての要素がツボだった。

この楕円形の中で蛹が羽化しようとしている。

本格的にFreitagのバッグに惚れて、ピンとくるものを探し始めたときに感じたことは、Freitagのバッグには浜で漂流物を拾うときと同じ興奮があるということだった。浜に漂着する陶器の破片や岩石は、時間をかけてゆっくりと削られ、形や質感を変えながら漂う。そしてそれを自分の手で拾うことは、僕にとってこの上ない楽しみで、かつ嬉しみだ。元いた場所を離れて漂流していた彼らと僕が遭遇するのはこの一度きりであり、そのタイミングも唯一のもので、彼ら自身もまた一つしか存在しない。そこには積み重なった時間と、想像を及ばせることもできない膨大なストーリーが詰め込まれている。そして、Freitagのバッグもまた然りである。1通りしかない遭遇を体験できて、しかもそれを自分の身につけられるという究極のわくわくがFreitagのアイデアとなっている。

F553 LOUを注文した2日後の朝、発送完了のメールがiPhoneに届いていた。待ち受け画面でその通知を確認したあと、再び眠りについてしまったとき、夢を見た。

僕がそのメールを開くと、スイスにあるFreitagの倉庫から、東京の自宅までの輸送ルートが世界地図とともに克明に記されていた。その地図を見る限り、ユーラシア大陸を鉄道で横断するらしかった。しかしその道中に、嫌に目立つ赤く染められたエリアがあることに気づいた。戦場だった。そこでは、いままさにミサイルが飛び交い、人が死んでいた。
僕が出会った唯一のバッグを乗せた鉄道は、その戦場で誤って爆撃を受け、行方が分からなくなってしまうのではないか———と、夢の中の僕は想像していた。もし無事に手元に届いたとしても、その段ボール箱に血がついているのかもしれなかった。

そこで目が覚めて、改めてメールを開いてみると世界地図など添付されてはいなかった。ただ “We have your parcel Bulach,Switzerland 08/28/2024,3:40pm”という文字情報だけが記載されていた。

そのとき不意に、僕はFreaitagから「距離」を届けてもらっているのではないか、という気がした。注文したF553 LOUはきっと信じられないくらいの距離をトラックの幌として世界中で過ごしてきた。そしてスイスでバッグとなってからも、日本までの9500kmの道のりを移動してくる。そして僕は(財布やノートとともに)移動するためにそのバッグを買ったのだ。バッグが欲しかっただけのはずなのに、F553 LOUの中に圧縮されていた過去と未来の「距離」が自分の上にのしかかってきて、眩暈がした。

F553 LOUが現実世界で戦場を通過したかどうかは分からないが、夢で見たことのインパクトは大きかった。世界は地続きになっている。世界中のどこも、あいだに海があろうが戦争が起きていようが、行こうと思えば行くことができてしまう。現にF553 LOUはスイスから僕のもとにやってきたのだ。
F553 LOUは、距離と時間の積み重なりを常に示してくれるものであり、これから地続きの世界の上をどこまでも移動するために必要なエネルギーで満たされている。

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