K
浪人中の夏に高校の時の部活の飲み会があった。
行ってみたらなんだか連棟の店舗の薄暗いスナックだか喫茶店で、カウンターの中でも外でも狭くて淫雑で充満した煙草の煙の中で盛り上がっている。
京都の陽キャ大学に行った面白番長の先輩が帰省してきて、その乗りで手当たり次第に集合かけたらしい。
面白武勇伝やらバカ話で盛り上がっていたんだけど、女子の先輩のきれいどこもいてなんだか雲行きが怪しい。陰キャの自分にはどうにも居心地が悪くて、いつ逃げ出そうかと機を計っていた。
それでも先輩が素面のうちは帰れないし、厄介なことになったなと思っていたら、ドアが開いて女子のK先輩が遅れて入ってきた。
高校在学中のK先輩は、かなりの美人さんで背が高くて『愛と誠』みたいなスケバン路線で、群れたりせず孤高の存在で異彩を放っていた。
K先輩は一歩店内に入ったとこで、間違えて私はここに来たような顔して立ちすくんでいた。そしてなにかを言い放って外へ出ていったが、沈没寸前の客船のような騒ぎの中では聞こえなかった。
おい!S!
Kを呼んで来い!
先輩に大きな声で怒鳴られて店の外へ出ると、僕の白いRD50の横にゴロワーズカラーのRZ350が停まっている。そしてK先輩がヘルメットを手に取ったとこだった。
メットはアライの75レーシングに、プロショップタカイのブーツ。いわゆる当時の由緒正しき走り屋のスタイルだ。ゾクゾクするほどカッコいい。
S?元気?
T先輩にK先輩を呼んで来いって言われたんですけど
私、帰るわ。何あれ?普通に同窓会って聞いてきたんだけど、馬鹿じゃないの?
そうですよね。僕も帰っていいですかね?
いいよ、別に。もう関係ないんだし。
バイクのキーを出した僕にK先輩は気がついたらしい。
RDはSの?
はい。
タイヤ結構使ってるじゃん。どこ走ってるの?
Z山とか
まだ時間ある?S?
市街地から海岸通りに出てしばらく走って、山の頂上にある喫茶店に行った。
その名も「ヒルトップ」
もう他の名前は考えられないぐらい、非の打ちどころのないロケーションで、三河湾や市街地の見事な夜景を見ることができる。店内の灯りは落とされ、完璧なデートスポットで陰キャの僕には実に荷が重い場所だ。しかも相手は広告グラビアのようにRZ350と完璧にマッチしたK先輩でなんだか申し訳ない。
K先輩にとっては後輩は弟のようなもんで何とも思わなかったようだけど、もやしのSがRDのタイヤをしっかり使って乗っているという事実が嬉しかったみたいだ。
K先輩は東京の大学に通っていて、出入りしているバイク屋のOBに500のライダーもいたとか言っていた。
その後ぼくも東京の大学に行くようになったのだが、K先輩とは住んでいる世界が違い過ぎて近づいてはいけないような気がしていた。そしてある日バイク雑誌の広告モデルで、K先輩が載っていて驚いたけど、そりゃ当然だと誇らしくも思った。
ただK先輩は深い闇に飲み込まれ光を失ったような顔をしていた。
ヒルトップで聞いた、心に抱えていた大きな心配事が現実になったのだろうか。
帰りの海岸通りでK先輩がRZ350に乗らせてくれた。
夢のようなバイクだった。
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