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ケイメンのギター・コンチェルト
忘れもしない、あれは2010年の冬。バンクーバー五輪が開催された年だった。男子フィギュアスケートのフリープログラムで小塚崇彦氏がこの曲を使用して氷上を舞った。
彼の演技は今でも瞼の裏側に焼きついている。滑らかでディープなエッジワークと、最後をしめくくる超高速のスピンが、わたしは好きで好きでたまらなかった。
彼の演技は金色、銀色、銅色、どの色にも輝くことはなかったが、三つの輝きの真下で虹色に光続ける、ずっと忘れられない、胸のなかにとどまり続ける演技というものが、誰の心の中にもきっとあるだろう。
マイケル・ケイメンは映画好きにはお馴染みの人ではあるが、荘厳なオーケストラをバックにギターをかき鳴らしていたのが布袋寅泰とはつゆ知らず。CDジャケットを見てびっくりしたものである。
もともとケイメンは、エリック・クラプトンとの共演を予定していたそうだが、どういう経緯で布袋さんが代役になったのだろう。ケイメン亡き今、その心情はもう分からないが。
クラプトンが演奏するギタコンを聴いてみたい気もしなくはないが、ケイメンの、そして布袋さんの熱いアニマ(魂)をひしひしと感じることができる素晴らしい楽曲だ。
メインとなる第一楽章は演奏時間が14分ということもあり、14分間のなかで静から動へ、そして眠るように美しく幕を閉じていくひとつの物語のようなものを感じさせてくれる。
それは宇宙的のようで、原始の炎をかざしているかのようで。あるときは野性的な本能をかき乱していくような荒々しさと、母なる大地に抱かれているような安らぎを感じることもある。ひるがえって、低空をかすめ飛ぶ野鳥、果てしない旅を続ける渡り鳥になったような気分にさえなるのだ。この曲の美しい部分だけを抜きとって表現するならば、わび・さびと言ってもいいかもしれない。
ともかく、長年に渡ってわたしのアニマを揺さぶり続ける偉大な曲のひとつである。
遥か昔、ギターはクラシック音楽において不遇の楽器だったというが、やはりそれは早計だったと思う。
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