見出し画像

負け組の逆転劇 サクラマス

富山名産ますのすしは、江戸時代に富山県内の河川を遡上していたサクラマスの身を使って作られた押し寿司です。

このサクラマスはヤマメという、渓流に住む模様の美しい魚の降海型、つまり本来渓流に住む淡水魚であるヤマメのうち、海に下って外洋で成長し、生まれた川に戻ってくる魚です。成魚になって産卵のために海から川へ遡上してくるのが、桜の開花時期なのでサクラマスと呼び、少し遅れて5月ごろに遡上してくるのが、アマゴの降海型のサツキマスと呼ばれます。

生態に興味が湧いたので、富山県にある魚津水族館で教えていただきました。

サクラマス=ヤマメは真冬の1月から2月ごろ卵から孵り、川で成長していくのですが、体長が16cmに満たなかった、いわゆる成長の遅い個体は、限られた川での生息域を追われ海へ。つまりこの時点での「負け組」が海へ下る事になるのです。川に留まった「勝ち組」の個体は、約3年間淡水で過ごして、体長が最大30cm程に成長して秋の産卵期を迎えます。

一方、海に下った負け組の個体は豊富な餌と広々とした水域で十分に運動し、最大70cmほどにまで成長します。この間、エビやカニなど、アスタキサンチンを含む餌をたくさん食べることから、本来白身だった体が濃い赤色になり、あのますのすし独特の鮮やかな赤みを発色することになるのです。一般的には、一回の産卵で生まれる3000個余りの卵のうち、海を経て川に戻れるのは数匹と言われています。

海から川に遡上した個体は、生まれた川に戻り、上流の綺麗な水のある場所で産卵します。この時、当然体の大きなサクラマスが受精に有利なわけなのですが、小柄な陸封型のヤマメのオスも、サクラマスのメスが生む卵を受精させようと、大型のサクラマスに混ざって放精します。こうして本来成長の早かった陸封型のヤマメと、遅かった降海型のサクラマスになる遺伝子が、偏らないように受精卵になっていくと言われているのです。

話をまとめると…富山名産ますのすしの材料になるサクラマスは、生まれてしばらくして成長の過程で一度負け組になった個体が、海で大きく成長を遂げ、いわば逆転劇の末、川へ戻って産卵・受精していくことになると。人の人生に重ねてしまうのは強引かもしれませんが、一度挫折を味わった者が、逆境を味方に成長して戻ってくる、逆転の人生を歩むという姿に見えるのです。

ただ優勢な遺伝子だけが次世代へ受け継がれるのではなく、陸封型と海降型とが程よく混ざり合う可能性を残しているとこにも、神秘と持続可能性を感じます。富山を訪れた折にますのすしをお求めになる際は、そんなサクラマスの生き様から、力を貰っていただけたらと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?