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自分に向き合うときの2つのスタイル #研究コラムVol.9

ありのまま生きることが正義か
騙し騙し生きるのは正義か
僕の在るべき姿とはなんだ
本当の僕は何者なんだ教えてくれよ

YOASOBI「怪物」

自分の内面や存在意義について思索をめぐらし、ときに悩み苦しむ営みは、古来より人類の間で行われてきました。歌詞や文章が「痛みの作文」と呼ばれることもあるように、内省や自己探究は苦しみを伴いながらも、芸術や哲学的な考察に昇華することも少なくありません。

これまでの研究コラムでお届けしてきたように、「才能発揮」は自分自身の欲求や経験と不可分なものであり、発揮の仕方を考えるにあたっては、自身に向き合い内省する営みが必然的に伴います。その過程では、前回のコラムで取り上げた理想自己と現実自己の葛藤も生じるでしょう。

今回の研究コラムでは、このように才能発揮を考えるうえでは避けては通れない、自分自身に向き合う営みについて、社会心理学・臨床心理学の学術知見をもとに深めてみたいと思います。


自分について考える「自己注目」

「自分の強みは何なのだろうか」「なぜあのときあんなことを言ってしまったんだろう」といったように、自分自身について注意を向け、考えを巡らせることは、社会心理学の分野で「自己注目」と呼ばれています。自身のどの側面について、どのように注意を向けるかについてはいくつかの分類が提唱されていますが、大きな枠組みとしては「自己注目」に含まれるといえるでしょう。

自己注目には、自身の状況をモニタリングし、より適切な状態に向けて行動を調整するための機能があると言われています(Carver & Scheier, 1990)。この機能は「自己制御過程」と呼ばれており、前回のコラムでも取り上げたものです。前回は理想自己 vs. 現実自己のギャップとその解消に焦点をあてて解説しましたが、自己注目の側面から見ると以下のように整理できます。


図1. 自己制御過程の中での自己注目の働き

自己制御過程は、自分にとっての理想の状態と現実の状態のギャップが認識された場合、ギャップを解消する方向に行動がなされるというモデルです。そのなかで、ギャップを検出し、解消されたかどうかをモニタリングするという根幹の部分に自己注目が関わっています。

目標を設定し、その実現に向けて行動していく活動をするうえでは不可欠な心のはたらきといえるでしょう。

善玉と悪玉がいる

毒と薬が紙一重であるように、自己注目にもポジティブなものとネガティブなものがあることが指摘されています。

心の健康の研究で先に注目を集めていたのはネガティブなほうで、自身の過去の失敗や、他の人と比べて劣っていると感じられる面などに繰り返し注意を向けることは、うつや不安の大きなリスク要因のひとつと考えられてきました(Nolen-Hoeksema, 1991)。

しかし、先の自己制御過程のメカニズムに見られるように、自己注目には問題解決や、目標に向けた行動の調整などのポジティブな面もあります。また、自分自身について考えることは、自己理解を深めることにつながるでしょう。このようなポジティブな側面を考慮し、Trapnell & Campbell (1999) の研究では、反芻と省察という2つのタイプの自己注目が提案されました。

それぞれについて見てみましょう。

悪玉の「反芻」

ネガティブな結果をもたらしやすいタイプの自己注目は「反芻 (rumination)」と呼ばれています。

これは、過去の失敗や自分のネガティブな側面を、何度も繰り返し考えることを指しています。ウシが一度飲み込んだ草を、もう一度口に戻してより細かく咀嚼し直すことを「反芻」と言いますが、それと同じように、良くないことに繰り返し、そして長い時間思いを巡らせるというものです。

このタイプの自己注目をしやすい人では、うつや不安などの心の不健康に関するスコアが高いという研究報告が蓄積されています (Ellliot & Coker, 2008 など)。

善玉の「省察」

一方、ポジティブなタイプの自己注目は「省察 (reflection)」と呼ばれています。「省察」の読み方は「せいさつ」と「しょうさつ」2通りあるようですが、筆者の知人の自己注目の研究者たちは「しょうさつ」と呼んでいました。

これは、自己への好奇心や興味によって動機づけられた自己注目とされています (Trapnell & Campbell, 1999)。「自分はどんな人間なんだろう?」「なぜ自分は他の人と違うことに興味をもつんだろう?」といったように、自分の内面を哲学的・分析的に考えることを指しています。

この種の自己注目は、自己理解や精神的な健康の促進に寄与していると言われています。また、省察をしやすい人はうつなどの心の不健康のスコアが低い傾向にあることや、主観的な幸福感が高いことなどが報告されています (Ellliot & Coker, 2008 など)。

客観視できるかどうかがポイント

ポジティブな自己注目「省察」のメカニズムについてはまだわかっていない部分が多いのですが、「脱中心化」というキーワードで、省察のメカニズムに踏み込んだ研究があります。

「脱中心化」とは、自身の思考や感情などの内的経験を客観的に観察する能力のことです (Teasdale et al., 2002)。
脱中心化がうまくできる人では、ネガティブな出来事を考えるときでも、ネガティブな感情にとらわれすぎず、客観的に捉えることができるため、うつや不安の状態に陥りにくいことが指摘されています (Teasdale et al., 2002)。これは、マインドフルネスを用いたうつへの介入についても重要なポイントとされています。

Mori & Tanno (2015) の論文では、この脱中心化と、先に紹介した自己注目の2つのタイプの関係を調査しています。

調査の結果、省察は脱中心化を高め、反芻は反対に脱中心化を低下させることがわかりました。また、脱中心化が高い人はうつのスコアが低いことも確認されています。つまり、省察をしやすい人では、自分自身の思考や感情を客観的に捉える能力が高く、結果的にうつのスコアが低いということが示されています。一方、反芻をしやすい人では自身の内面を客観的に捉える能力が低く、うつのスコアが高い傾向にあるという結果となります。別の言い方をすると、省察のポジティブな効果と、反芻のネガティブな効果は、脱中心化を介して働いていることが考えられます。

図2. 省察・反芻と脱中心化、うつ症状の関連

この結果を受けて Mori & Tanno (2015) では、省察は問題解決を目的とした、脱中心的かつ能動的な自己注目として捉えられるのではないかと考察しています。反芻が、ついついネガティブなことを考えてしまうという受動的なものであるのに対して、省察は自分から能動的に問題に向き合うスタイルと捉えることもできるでしょう。

自分の自己注目スタイルを把握してみよう

今回の研究コラムでは、自分自身のことを考える「自己注目」に、ネガティブな「反芻」とポジティブな「省察」の2つのスタイルがあることを紹介しました。臨床心理学の分野では、どのようにしたら省察や脱中心化を促進できるのか、あるいはどのようにしたら反芻から抜け出せるのか、といった観点から研究が進められています。近年注目を集めているマインドフルネスに関する研究も、こうした自己注目の研究と関連しながら進められています。

本稿の読者のみなさまも、自身について考える機会が日常的にあることと思います。自分の内面に向き合うときのスタイルに2種類あることを把握できていると、自分はいまどちらのスタイルになっているのかを自覚でき、必要に応じて向き合い方を見直すきっかけがつかめるのではないでしょうか。

ポジティブな「省察」の特徴として、自己への興味があることと、能動的であること、そして客観的であることを挙げました。世の中には数多の自己分析ツールやコーチングサービスが出回っていますが、それらを活用する意義のひとつに、省察を促進する効果があるのではないかと筆者は考えています。ツールの様式やコーチのコメントから客観的な自己イメージをもつことができるとともに、自分自身への関心を高めるきっかけになると考えられるためです。

冒頭に述べたように、自身の内面に向き合う営みには苦しみも伴います。しかし、適切な向き合い方を工夫することで、苦しみを減らしつつ、自己理解や問題解決を促進できる可能性があることを、今回紹介した研究は示唆しています。現時点で、各自にピッタリと合う自己注目ソリューションの開発にはどこも至っていませんが、今回紹介した学術知見が、読者のみなさんのより適切な自己注目につながれば幸いです。

文献

  • Carver, C. S., & Scheier, M. F. (1990). Origins and functions of positive and negative affect: A control-process view. Psychological review, 97(1), 19.

  • Elliott, I., & Coker, S. (2008). Independent self‐construal, self‐reflection, and self‐rumination: a path model for predicting happiness. Australian Journal of Psychology, 60(3), 127-134.

  • Mori, M., & Tanno, Y. (2015). Mediating role of decentering in the associations between self-reflection, self-rumination, and depressive symptoms. Psychology, 6(05), 613.

  • Nolen-Hoeksema, S. (1991). Responses to depression and their effects on the duration of depressive episodes. Journal of abnormal psychology, 100(4), 569.

  • Teasdale, J. D., Moore, R. G., Hayhurst, H., Pope, M., Williams, S., & Segal, Z. V. (2002). Metacognitive awareness and prevention of relapse in depression: empirical evidence. Journal of consulting and clinical psychology, 70(2), 275.

  • Trapnell, P. D., & Campbell, J. D. (1999). Private self-consciousness and the five-factor model of personality: distinguishing rumination from reflection. Journal of personality and social psychology, 76(2), 284.

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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