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経験を知識に変える内省の力 #研究コラムVol.11

自身の才能発揮を考えるうえで、自らの価値観や欲求を自覚したり、これまでの経験を棚卸ししたりと、自分について考えを巡らせる取り組みは必要不可欠なものです。

過去2回の研究コラムでは、自分自身について注意を向けたり考えたりする「自己注目」をテーマに、考えるときのスタイルや、自分のどの側面に注意を向けるのがより建設的かについて、社会心理学の学術知見を中心に紹介しました。

今回は、自身の「経験」について振り返り、考えを深める「内省」に焦点を当ててまとめたいと思います。内省は、経験を学習につなげるキーとして重要視されています。経営学分野の学術知見を参考にしながら、より効果的な内省と学習を行うヒントを探っていきましょう。



回せ!経験学習サイクル!

「やりっぱなしにせずに振り返ろう」「PDCAを回し続けよう」といった呼びかけは、読者のみなさまのまわりでも日常的に耳にするのではないでしょうか。自身やチームの取り組みについて、効果や意義を振り返ることは「内省」と呼ばれます。その後の行動を修正したり、取り組みから新たな発見を得たりするうえで重要であることから、ビジネスや教育、キャリア開発など、幅広い分野で注目を集めています。

アクションを実践し、内省を行って新たな知識を獲得し、新たなアクションにつなげる。このようなサイクルを通じて学習を深めていくプロセスは、組織行動の研究者であるデイビッド・コルブによって「経験学習理論」として整理されています (Kolb, 1984)。

内省について理解を深める土台として、まずはこの経験学習理論について見ていきましょう。

経験学習理論では、図1 の4つのステップを繰り返すことで学習が進むとしています。


図1 経験学習モデルの概略
※中原 (2013) をもとに作成

経験学習に関する研究動向をまとめた中原 (2013) の論文を参考に、それぞれの内容を見てみましょう。

まず「具体的経験」とは、学習者個人が環境に働きかけることで起こる相互作用のことを指しています。具体的には、上司に新企画を説明してフィードバックを得たり、動画を投稿して再生回数をチェックすることなどが挙げられます。

次の「内省的観察」は、経験の現場をいったん離れ、自身の取り組みやできごとの意味を、俯瞰的・多様な観点から振り返ったり、意味づけたりすることです。次のパートで具体例を挙げます。

続く「抽象的概念化」は、経験・内省の結果を抽象化して、他の状況でも応用できるような知識やルールに落とし込むことを指しています。

最後の「能動的実験」は、得られた知識やルールを新しい状況下で試してみることです。そして、試してみた結果が新たな具体的経験となり、次のサイクルに突入することになります。

経験学習の具体例

会社の上司に新企画の説明をする例を使って具体的に見てみましょう。

Aさんが新企画について説明したところ、上司から「どのような効果があるのかよくわからない」というフィードバックを受けました(具体的経験)。

デスクに戻ったAさんは自身の説明資料を見直したり、同席していた同僚からコメントをもらったりした結果、情報量が多すぎて要点が伝えきれていなかったのだと気づきました(内省的観察)。

気づきを踏まえ、説明のときには最も伝えたい結論を最初に端的に伝え、補足的なデータは質問されたときに出すようにしたらよいのではないかと仮説を立てました(抽象的概念化)。

次の機会には、企画の最も主要な効果を最初に伝え、実態や市場に関する調査結果は思い切って補足説明に回し、説明を行いました(能動的実験)。その結果、上司から建設的な意見をもらえ、企画を進められることになりました(具体的経験)。

経験学習理論では、このようなサイクルが回るモデルを使って、経験から新たな知識が得られる過程を整理しています。経験を振り返り、仮説を立て、実験し、その結果をまた振り返るというサイクルは、ビジネスに限らずさまざまな場面に当てはまるものではないでしょうか。


ポイントは経験と内省の接続

コルブ氏が提案した経験学習理論は概念的な整理にとどまらず、定量的な調査でも実証されています。

ビジネスパーソンを対象に、経験学習の4つのステップをどのくらい頻繁に行っているかを調査した木村 (2012) の研究では、コルブ氏の提唱したサイクル構造を裏づける結果が報告されています。

また、調査に回答したビジネスパーソンのうち、実務的な能力の向上を実感しており、業績が高い人では、4つのステップがいずれも高いレベルで実現されているという結果も見られました。興味深いのは、業績が高い人では、具体的経験から内省的観察への接続が強いという特徴が見られたことです。

これらの結果からは、経験学習理論で提案されているサイクルを効果的に回すことが、能力と業績の向上につながることがうかがえます。特に、具体的経験を内省的観察につなげるところにポイントがあると見込まれます。

どの口が何を言うかが肝心

経験学習を進めるうえで欠かせない内省ですが、その機会を増やしたり、より効果的に行うためにはどのような施策が有効なのでしょうか。

内省という言葉からは、自分自身の中で思索を深めるイメージを持つ人も多いかもしれません。一方で、内省を行ううえで他者の存在が重要だと指摘する研究も増えています。

脇本 (2012) の研究では、上司による内省支援が部下の能力向上の実感にプラスに働いているという結果が出ています。ここでの内省支援は、部下が自身を振り返る機会を与える、部下にはない新たな視点を与える、部下について客観的な意見を言うといった内容が含まれています。

この研究でさらに興味深いのは、部下による上司の成長認知が、内省支援の効果を押し上げているという結果です。上司自身がストレッチの効いた仕事に取り組み、その経験を内省し、能力向上に努めている様子が部下に認識されているほど、上司による内省支援が部下の能力向上につながりやすいということです。

図2
※脇本 (2012)をもとに作成

内省支援を効果的に行うためには、内容面を充実させるだけではなく、誰が支援を行うかも重要なポイントとなることがうかがえます。

内省は孤独じゃない

今回の研究コラムでは、経験に対する内省をテーマに取り上げました。経験からの学習を進めるうえでは経験を内省につなげることがポイントであり、効果的な内省を促すには、他者の支援も重要となります。

「内省」という字面のイメージからか、内なる個人と向き合うことに重きを置きすぎて閉じた思索になってしまいがちですが、外部の知恵や視点を借りることで、より建設的で開けた内省ができるようになるでしょう。

ただし、外部の視点を手当たり次第に取り入れればよいわけではない点には注意が必要となりそうです。「信頼でき、自らも研鑽を怠っていない人」というのは、誰の意見を参考にするかを考えるときの指針のひとつとなるのではないでしょうか。

毎月お送りしている研究コラムも、読者のみなさまが内省を深めるきっかけやヒントをお届けできていれば嬉しい限りです。

文献

  • Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice Hall.

  • 木村 充(2012).職場における業務能力の向上に資する経験学習のプロセスとは 経験学習モデルに関する実証的研究  中原 淳 (編)職場学習の探究 企業人の成長を考える実証研究(pp.33-71) 生産性出版

  • 中原 淳. (2013). 経験学習の理論的系譜と研究動向. 日本労働研究雑誌, 55(10), 4-14.

  • 脇本 健弘(2012). 部下の成長を促す上司のあり方とは 上司の成長認知と部下に対する内省支援の関係 中原 淳 (編)職場学習の探究 企業人の成長を考える実証研究 (pp.93-112) 生産性出版

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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