小説「のぶのら」(四)

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 五年前、M社がドラマ映像を自動作成するソフトウェア「ドラマビルダー」を開発した。場所、時代、人物、キーワードなどの基本データを設定して、プロット、台詞を自動生成。それに、サンプルデータ化されたキャラクター、演技パターン、背景などを組み合わせて映像に仕上げるというものだ。このソフトウェアで開発されたドラマ映像は「デジタルノベル」と呼ばれた。そして、それまでの文字による文学はアナログ文学と呼ばれるようになる。
 しかし、アナログ文学支持者――もっとも彼等はそういう呼称は認めていないが――は少数派ではあるが根強く、文学の保護のために行政に強く訴えかけたり、ドラマビルダーを非難したりと、M社にとっては疎ましい存在であった。
 M社は森林保護のためと称して紙の生産をやめるよう働きかけて紙媒体を根絶やしにし、さらに電子書籍出版社を軒並み買収し無力化した。
 そして、ついに作家が動き出す。M社に押し掛け、暴動に発展、ついには社屋に火が放たれるという事態になった。参加した作家はほとんどが逮捕され、アナログ派のイメージは野蛮な不適応者として定着した。それを狙ったようにアナログ文学を規制する法案が可決され、限られた研究以外での購入、所持は禁止された。
 この事件は、M社側の人間が仕掛けたと後に噂されたが、アナログ文学が息を吹き返すことはなかった。
 ドラマビルダーは決して出来の良いものではなかった。何とかドラマの体《てい》をなすレベルの映像が簡単に作れる、それだけが売りであった。言わば素人向けの玩具《おもちゃ》だった。しかし、それが却ってヒットに繋がった。巷には素人の作った陳腐な映像が溢れ、数少ない質の高い作品はその中に埋もれた。

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