ブランドパーパスについてちゃんと考えてみたい人への推奨文献5選
「ブランドパーパス」は、現在ブランドに関わる人にとって、その見方が推奨的であれ批判的であれ、避けては通れないキーワードとなっていると思います。
ANA(Association of National Advertisers)が2018年に Marketing Word of the Year に「Brand Purpose」を選出して以来、その重要性を多くの有識者が語り、またここ数年で「ブランドパーパス」を専門に扱った書籍が日本でも複数出版されました。
他方で、憚らずに言ってしまえば、国内で語られる"ブランドパーパス論"に不満を持つことも多いのではないでしょうか。その代表例を、以下に列挙してみます。
ビジョンやミッションとの違いを殊更に取り上げる意味はあるのか
各社が発表しているパーパスの重要性を指摘する調査に疑念がある
パーパス策定に関する手法論ばかりで、その実装方法が手薄に感じる
したがって本記事では、「ブランドパーパス」について多少の関心はあるけれども、日本国内で敷衍している"ブランドパーパス論"に不満のある人に向けて、おこがましいですが、国外のブランドパーパスに関する論考の中でも、筆者の独断と偏見でおすすめしたい文献を5本紹介したいと思います。
ブランドパーパスは類似概念とどう違うのか
国内外を問わず、「ブランドパーパス」と「ビジョン・ミッション・バリュー」との違いを指摘する論者は数多くいますが、その違いを明らかにすることにどの程度実践的な意味があるのでしょうか。この点にストレートに疑義を投げかけたのが、Wavelength Marketing社でブランドストラテジストを務めるDr. Darren Colemanです。
同氏は、「ブランドパーパス」という語が、実務上で果たしている意味を詳らかにしながら、それらが既存の類似概念(バリュー、エッセンス、CSR)と大差がないことを看破していきます。
同氏の論考を読んでいくと、「ビジョンは●●という意味・役割を持ち、パーパスは□□という意味・役割を持つ点で異なる概念である」という提案はほとんど意味がないのではないか、という気になってきます。なぜなら、意味が事実異なるとしても、これまで用いてきた概念(この場合、「ビジョン」)に「□□」という意味・役割を持たせればよいのではないかという気がしてくるからです。
またこれらの概念に異なる意味を持たせ、それぞれに定義したとしても、実務的に意味のあるカタチで使い分けることはほとんど無理なのではないか、と思わざるをえなくなってきます(同氏の論考では、まさにこの概念の混乱に見舞われたCMOが紹介されています)。
ブランドパーパスへの消費者からの「共感」は真実か
様々な企業やシンクタンクによる「倫理的・社会的に意義のあるブランドに共感し買いたいという消費者が増えている」というタイプの調査結果を目にしたことがあると思います。そして、こうした調査に対して「共感を態度で示すこと/実際に買うという行動に移すことは大きく異なるのでは?」という疑問が生じない人はいないと思います。
このような態度と行動の差は、〈attitude-behavior gap〉というキーワードで、特に持続可能な消費(Sustainable Consumption)や倫理的消費者(Ethical Consumer)との関連で、幅広く研究が進んでいます。
これらの研究から分かるのは「倫理的・社会的に意義のあるブランドを買いたい」という気持ちは、純粋な共感だけでなく、周囲からの見えや期待の反映が含まれるということです。
推奨文献は〈attitude-behavior gap〉に関する研究の中でも、倫理的消費者(Ethical Consumer)にスポットラインを当て、「倫理的なマインドを持つ消費者が倫理的な買い物をすることは稀である」とした上で、その態度と行動のギャップを架橋するポイントとして、以下の4つを明らかにしています。
倫理的関心事の優先順位(prioritization of ethical concerns)
計画・習慣の形成(formation of plans/habits)
コミットメントと犠牲の意思(willingness to commit and sacrifice)
買い物行動の様式(modes of shopping behavior)
態度だけでなく実際の行動にも着眼すること。また、そのギャップが生じやすい商品カテゴリーや状況を精査すること。そして、そのギャップを埋めるためにどんなアクションが有効であるかを不断なく検証することが、これからのブランドパーパス関連調査に不可欠のアジェンダになるかもしれません。
ブランドパーパスに消費者からの「共感」は必要か
他方で、そもそもパーパスの重要性や意義は、消費者のブランドへの共感に基づいて考えられるべきなのでしょうか。
推奨文献では、「パーパスドリブンのブランドアクションにおいて、そもそも消費者の〈attitude-behavior〉という枠組みを採用すべきではない」という提言がなされています。
「パーパスドリブンブランディングの真の目的(The real purpose of purpose-driven branding)」という挑発的なタイトルの同稿で代わって提言されるのは、〈transformation of practice〉というコンセプトです。
同稿では、パーパスドリブンのブランドアクションの成果として「ブランドへのエンゲージメント向上」や「価値観の変化」(例:家事分業に関するキャンペーンで、男性がキャンペーン視聴前よりも家事に取り組みたいと思うようになる)をプレゼンテーションすることを批判します。
そして、そのブランドアクションが目指す社会変容(social transformation)に不可欠な実践の変化〈transformation of practice〉によってのみ、そのブランドアクションの意義を問うべきだと提起します。
同稿の提案は、パーパスドリブンのブランドアクションの企画方針を大きく変えるものになるかもしれません。なぜなら、考え方や価値観を変えるための「刺激(stimulas)」の立案から、実践を変容させる上で消費者・生活者が必要とする「リソース(Resource)」の提供に企画の焦点が移るからです。
認識が変われば行動は変わるかもしれません。しかし、もっと簡単なのは、行動が変わることで認識が変わることなのです(あるいは「社会が変わる」ことを目的とするなら、認識が変わることをその条件とする必要すらないかもしれません)。
ブランドパーパスを企業にどう実装したらよいのか
ブランドパーパスの成果の捉え方が明晰になったら、見据える成果にたどりつくための方法論についても理解を深める必要があると思います。
一方で国内でのパーパスの実装方法に関する提案は、理念浸透の文脈で言及されてきた内容を反復しているものが多数を占める印象があります。しかし、「理念を組織に浸透すること」と「パーパスを企業に実装すること」には重なるところと異なるところがあるのです。
例えば推奨文献では、「パーパス」の策定と実装のための枠組みとして、以下のフレームワークを提案しています。
Framing
Formalizing
Embedding
Structuring
Governing
Realizing
Framingは、いわゆるパーパス策定を指します。ただし、同稿では、パーパスを「個別に策定されるもの」ではなく「企業の価値観をミッション・ステートメントやビジョンに落としこむ際に生じる(arise)もの」だ、としている点が重要です。
Formalizingは、策定後のパーパスを組織に公式化する活動を指します。その活動を同稿ではさらに、以下の3つの活動に大別します。
Embeddingは、パーパスを組織内の行動規範や雇用慣行に反映する活動を指します。例えば、同稿では(バランストスコアカードならぬ)ビジネスバリュースコアカードによって企業のパーパスと組織内の行動に一貫性を持たせる手法など、具体的なツールにも言及しています。
Structuringは、パーパスをビジネスモデルやパートナーシップ、組織形態に反映する活動を指します。また同稿ではパーパスドリブンのビジネスモデル構築によって生じるトレードオフやコンフリクトにもふれています。
Governingは、パーパスがM&Aなども含まれる企業統治にどのような影響をもたらすかについてまとめています。
最後にRealizingは、パーパスドリブンの価値創造のための活動を指します。同稿では、パーパスを遵守するために、バリュープロポジションの一部を取捨選択する必要にも言及しています。例えば、サウスウエスト航空は、格安航空会社であるにもかかわらず、預け入れ荷物の料金を請求していません。なぜなら「親しみやすく信頼性の高い低価格の航空旅行を通じて、人々を人生で大切なものに結びつける」という同航空のパーパスに「預け入れ荷物料金の請求」が反するからです。
ブランドパーパスは従業員と消費者の関係をどう変えるのか
前項では、すこし大きな枠組みにおけるブランドパーパスの実装について紹介しました。本節で紹介する推奨文献では、以下の図式が成り立つことをアンケート調査を元に明らかにしています。
ブランドパーパスへの共感・思索
↓従業員の自発的なブランドアクションへの意向向上
↓顧客の自発的なブランドアクションへの意向向上
従業員の組織エンゲージメント分析(e.g. Webox)やカスタマーサクセスを支援するアプリケーション(e.g. KARAKURI)など、従業員や顧客個別にブランドへのエンゲージメントを後押しするツールは既に数多くあります。
一方で、ブランドパーパスの実装という観点から見た時、今後は、同稿が提案した〈Brand Purpose → Employee → Consumer〉の3者関係を統合的に捉える取組の重要度が増していくかもしれません。
P.S. Purposeについて考えることに意味はあるのか
本記事ではマーケティングやマネジメントの枠組みにあえて限定して「ブランドパーパス」に関する文献を紹介しました。
しかし、ある論者は「ブランドパーパス」はより広範に、法学、歴史学、政治学、哲学、経営学などの学術領域を横断しなければ、その意味を十分に語ることができないと言います。
例えば、『Discourse and Social Life』では英語圏における日常的な会話や子供向けの絵本の中で用いられる目的構文が、どのような文脈で何の機能を果たしているかをディスコース分析によって明らかにしています。その分析によれば、目的(Purpose)を構築することは、以下のような意味を持つようです。
正当性(Legitimacy)の確保
効果(Effect)への意識化
権力(Power)関係の明示
この分析は、日常的な意味合いから離れ、半ば神秘化された概念である「ブランドパーパス」にも当てはまる文脈が多くあるのではないかと思います。
例えば、経営学者で『新しい市場のつくりかた』の著者である三宅秀道氏が、VISIONING®︎ COMPANYのNEWPEACE社とのインタビューで述べています。
同氏が「パーパスとは企業の"survive"のための道具」だとし、パーパス概念を「物神化するのではなく、適切に道具として取り扱えば良い」としていることと、ディスコース分析が明らかにした〈目的構築の意味〉はとても親和的です。
言うなれば、「ブランドパーパス」は当該ブランドが(社会に)存在する正当性を確立し、また確立し続けることができる効果的な道筋を示すことによって、消費者ないしは生活者に対して(道徳的で)権力的に優越的な地位にあることを許されるためにあるのかもしれません。そして、それは、とりもなおさず、そのような正当性が、自明のものではなく、殊更に確保することを要求される時代背景を物語っているともいえるでしょう。
すなわち「ブランドパーパス」を過剰に神秘化せず、プラクティカルな概念として扱うことの方が、結果的に「ブランドパーパス」という概念への大きな期待を意味のある成果につなげることができるのではないかと思います。
そして、そのための理論的枠組みや実践へのヒントは、すでに本記事で紹介した文献に示されています。
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