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コーポレート・ベンチャーキャピタルでのキャリアを振り返って

2024年5月末でSalesforce Venturesを卒業しました。
この場を借りて、投資先のスタートアップや共同投資をさせて頂いたVC・事業会社の関係者をはじめ、案件紹介や投資先の支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。
私は、前職である楽天キャピタルから通算して7年半をコーポレートベンチャーキャピタル(以下CVC)で過ごしました。次のキャリアについては別の機会に譲るとして、今回は、30代後半でベンチャーキャピタルに挑戦しようとCVC二社を経験した自分なりの学びを簡単に振り返ってみたいと思います。


1. 経営者マインドと投資家マインド

まず、CVCで投資を始めたばかりの頃に抱いていた「違和感」について触れておきたいと思います。その話の前提として、私のそれまでのキャリアを簡単に。

私は新卒で住友商事に入社し、欧州自動車部門で自動車の流通領域における投資先の経営支援やM&A、投資ポートフォリオを整理する会社売却等を担当していました。20代前半から会社経営に必要な知識・スキルやマインドセットを上司・先輩から叩き込まれたのをよく覚えています。また、スウェーデンの事業会社に出向する機会にも恵まれ、現場で悪戦苦闘しながら120名ほどの会社の経営の一翼を担いながら、M&A・PMIによる事業拡大、上手くいかない事業を売却する経験もしました。日々、会社を良くしようと、経営の理論も同時に勉強しながら実践に活かそうとしていたことを思い出します。
その後、経営者として自分に足りないITとマーケティングスキルを身につけたいと楽天に転職し、暫くして部門横断のマーケティングを担当する部署の副部長として40名前後の組織をマネジメントする経験もしました。その頃、ご縁があって楽天FinTechファンドが立ち上がるタイミングでCVC部門に関わるようになりました。

長くなりましたが、私はそれまで事業側で経営者マインドを意識して仕事をしていたため、連結対象にもならない少額出資先のスタートアップの経営陣とどう接するべきか当初戸惑いました。スタートアップの現場を知らない自分が何をどこまで言えるのか、と。
その背景には、自分が事業会社の現場にいた際に株主(親会社)から様々な質問・要求・指摘を受け続け、苦労した経験があったからです。私は、事業会社の経営は、全てのステークホルダー(顧客・株主・従業員・社会等)からの異なる期待値を高次元で実現するものという認識をしていたため、株主に対する責務を果たそうとしました。しかし、経営と株主間の情報格差は大きく、現場を知らない株主の要求にどこまで応えるのが正しいのか常に悩んでいました。
この経験も踏まえ、日々の現場を知らない投資家が投資先に対してどのようなスタンスでいるべきか、自分のマインドセットを定義する意味で以下のように整理しています。基本的には投資家マインドを持ちつつ、投資先に対しては俯瞰しつつ「自分が経営者だったら」という視点で考えを持つように心がけてきました。

2. CVC投資担当者は事業連携の橋渡し役?

CVC投資担当者は自社の戦略に合致したスタートアップに投資を行い、事業連携を実現しようと行動するのが一般的かと思います。これは、自社の経営者マインドを持っているとも言えるでしょう。しかし、連携先の事業部門とスタートアップとの連携イニシアティブをリードしても、協業案が深まらなかったり、事業部門の優先度が上がりきらないことはよくあります。
一方で、スタートアップは調達したリソースを一極集中させながら自社のビジョンを実現させようとします。この圧倒的なスピードで成長を志向するスタートアップとCVC・事業会社の協業の優先順位やスピード感は合わないことが多く、特にアーリーステージのスタートアップの経営者や株主であるVCから時にCVCは敬遠されることもあります。

私は、資金スポンサーである自社の経営戦略を踏まえつつも、向き合う起業家・スタートアップを第一優先に考えるようにしていました。つまり、自社との協業は投資先の企業価値の最大化に貢献する一つの手段であり、他にも支援できることがあるのではないかという整理です。CVC投資担当者は、投資先との事業連携の橋渡しだけでなく、本業で接点のある顧客の紹介、あるいは事業会社ならではの専門知識や経験を共有することもできます。CVCの投資担当者も事業連携の文脈だけでなく、VCと同じ価値観で行動すれば良いのです。すぐの協業ができなくとも、投資先が成長し、市場でのプレゼンスを高めれば、自社の事業部門の関心も大きくなるかもしれません。成長とともに連携の選択肢も増えるかもしれません。

CVCの設計次第でもあるとは思いますが、事業連携の橋渡し役はもちろん、それ以外の付加価値を提供しようとする姿勢がCVC投資担当者として大事だと私は考えるようになりました。
尚、自社が他社と事業連携できるようなプログラムを準備しておくことが大事になります。

3. 事業連携プログラム

CVC投資担当者や連携先の事業部門は、会社や案件ごとに、毎回テイラーメイドで事業連携案を練っていくのが良いのでしょうか。いえ、それでは非効率でスタートアップの求めるスピード感に合わないかもしれません。また、Nice to HaveでMust Haveの協業にならないということで事業部門の温度感が上がりきらないかもしれません。

CVCが上手く機能する際の一つの条件に、事業連携プログラムがあります。それは、アプリのマーケットプレイスのようなものをイメージすると分かりやすいと思います。Salesforceでは、AppExchangeと呼ばれています。自社プロダクトとの連携製品をマーケットプレイスで開放しておくことでユーザーがそれぞれのニーズに応じて利用してもらうというものです。現実的には、マーケットプレイに置いておくだけで連携プロダクトが売れる程甘くはないのですが、連携の第一歩を始めるにはこのような仕組みが非常に有効です。事業によってはプロダクトの導入前後でコンサルティングや開発を必要とするケースもあるでしょう。そのような場合はコンサルティング契約という別の仕組みや型をつくっておくこともできるかと思います。

要するに、事業連携の仕組みを準備しておくことで、関係者は販売再現性の高い連携ソリューション案の開発に集中できますし、CVC投資担当者は事業連携プラスアルファの付加価値の提供に時間を投資することができます。

4. 投資領域を絞って成長スピードを上げる

私は、2020年2月にSalesforce Venturesに参画して以来、4年4ヶ月で15社の新規投資を含めて計27件の投資実行を行い、計30社を担当しました。前任のレジェンドたちから引き継いた投資先で5件のExitにも恵まれました。グローバルの少数精鋭チームで、案件のソーシングから投資実行後の支援まで一気通貫で担当できたところが最大の魅力でした。

Salesforce Venturesに参画する前、ある先輩VCの方から「VCキャリアのスタートが遅いから、多く打席に立ってバットを振ることが大事。投資してエグジットするサイクルを経ることでしか学べないことがある。」という趣旨のアドバイスをいただきました。その言葉が胸に刺さって、入社を決めました。
Salesforce Venturesはエンタープライズソフトウェア領域に絞って投資活動をしています。自社の事業ドメインの周辺領域から注力テーマを決めて投資します。投資領域を絞ることは、組織レベルと個人レベルで以下のような効果がある考えています。

  • 組織レベル

    • 前提の知識が共有化されており、組織におけるコミュニケーションコストが低い

    • グローバルで同じ戦略を採用しているため、先行・類似事例、KPIの横並び比較等から、投資検討時の留意点を整理しやすい

    • 本業で培った経営オペレーションのノウハウをベースに、多くの支援実績も通じてスタートアップが直面する課題やソリューション案の引き出しをつくりやすい

  • 個人レベル

    • 投資テーマが決まっていて、先行事例・類似事例を豊富に触れることができるため、業界についての学習スピードを上げられる(個人的にはドラゴンボールの「精神と時の部屋」に入るような感覚でしょうか)

    • 本業や支援先同士の横並び比較を通じて、自分の中で投資検討時の独自の型を作りやすい。

5. オペレーションの仕組み化

最後に、Salesforce Venturesが少数精鋭で投資実績を積み上げてこれたのは、本業と同じくオペレーションを徹底的に仕組み化してきたからだと思います。CVCのオペレーション向けにカスタマイズされたCRMを利用しながら会社や案件の管理を行います。投資検討が始まると、投資仮説や財務分析等をテンプレートで作成し、チームで共有しながら議論を進めていきます。ここでは、前述の通り、グローバルでの先行・類似事例も参考に留意点が洗い出されます。その後には、投資の意思決定を仰ぐ稟議用のワークフロー、契約締結の送金手配、投資後の管理まで、全てシステム上で行なわれていました。
上述の投資領域を絞っていることとも関係しますが、プロダクトに対する解像度が高く、投資検討する際の各種メトリックスも社内で基準値があるため、議論の質が高く、意思決定のスピードも早かったです。

詳細は書けない部分もあるので抽象的になってしまった部分もありますが、いかがでしたでしょうか。スタートアップで資金調達を担当する方々、ベンチャーキャピタルのキャリアに興味がある方々など何らかの参考になれば幸いです。