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本の紹介65冊目 『ジャガイモの世界史』

こんにちは、TAKUです。

今日紹介するのは、
伊藤章治さんの著書『ジャガイモの世界史』です。

この本は、
南米生まれのジャガイモの発祥と、
それがヨーロッパを経由して世界中に広がっていくプロセスを紹介しており、
その歴史の中で世界にどのような影響を与えたのかを綴っています。

それでは、紹介していきます。

【ジャガイモの発祥の地とヨーロッパへの広がりについて】


ジャガイモ発祥の地は、
アンデス山脈の中央、ペルーとボリビアにまたがる標高3800m級の高原地帯、
ティティカカ湖周辺
だと言われています。

1533年に、
インカ帝国はスペイン人によって滅ぼされ、
スペイン人はポトシ銀山などで産する膨大な銀や黄金などを奪って本国に送りましたが、
その時にジャガイモはヨーロッパへと渡りました。

その後ジャガイモは、
歴史の曲がり角や裏舞台で、
「隠れた主役」「影の実力者」として
大衆に寄り添い、世界を救ってきました。

この時に、
ジャガイモが広がっていった要因は、
寒冷地でも栽培可能である「繁殖の力」です。

また、
アンデス高地で生まれたジャガイモは、
北ヨーロッパなどの寒冷地でも豊かな収穫をもたらして、地下に大きなイモを作るので、
鳥などに食い荒られることもありませんでした。

そして、
生産性の高さも普及を後押しして、

「同じ面積の耕地で、ジャガイモは小麦の三倍の生産量がある」
とアダム・スミスにも高く評価されていました。

現在では、麦、米、トウモロコシと並んで、
「世界の四大作物」となっており、
100を超える国々で栽培されています。

【ジャガイモの飢饉により地獄を見た島】


12世紀のはじめ、
アイルランドは、イギリスによる容赦ない弾圧の歴史があります。

当時アイルランドの農民は、
イギリス人地主の小作人に転落させられてしまいました。

さらに英国による支配は、
アイルランド人を南部、東部の豊かな農地から追い出し、石ころだらけの西部の地へと押し出されました。

この時、
小作人となったアイルランド農民は、
農地の3分の2に小麦を植えて、

その収穫の全てをイギリス人地主に納めたため、残る3分の1の劣悪な土地にジャガイモを植え、主食にしたと言われています。

そして、
16世紀にもたらされたといわれるジャガイモは、岩盤だらけのやせた土地でもよく育ちましたが、


そこで「1348年の黒死病以降でヨーロッパで最悪の惨事」といわれる「ジャガイモ飢饉」が起こります。

この時、
さらに厳しい気候の大変動が加わり、
収穫が皆無となるなか、
働き手はこぞって米国などに海外移民
残された者たちはペットを食べ、雑草を食べ

さらには人肉まで口にしたという話が伝わるほどの地獄絵図だったと言います。

この時、
アイルランドの被害は餓死者100万人であり、
ほかの地域よりもずば抜けていました。

このアイルランド飢饉では、
ジャガイモが病気にやられ、ヨーロッパの他の国でもジャガイモが全滅したと言います。

それは、
他の国々でもジャガイモは全滅しましたが、
他の作物も栽培していたために飢饉を回避できたからです。

しかし、
ジャガイモに頼り切っていたアイルランドでは、ジャガイモ疫病による大飢饉から逃れようがありませんでした。

産業革命時代には「貧者のパン」と言われた
ジャガイモでしたが、
産業革命の時代に労働者の衣食住はきわめて劣悪だったということです。

その後、第二次世界大戦時に、
ドイツやロシアにおいてもジャガイモが
市民の飢えを救ったと言われています。

【最後に】

本書では、
「貧者のパン」として歴史の転機で
大きな役割を演じたジャガイモの発祥や、
そこから世界に広がっていく世界史などを
学べる一冊です。

ぜひ読んでみてはいかがでしょうか!

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