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きょうの霊枢 海論篇 第三十三(2) 2023/4/20

海論篇の2回目です。
前回は、川がだんだんと合流しながら大きくなって最後は海に注ぐ、という自然界の観察を人体に当てはめて、人体も経絡が四つの海(髄海、血海、気海、水穀之海)に注いでいると仮定し、それぞれの治療穴を見ました。

今回の後半部分は、さらに踏み込んでそれぞれの海の有余不足を論じていきます。
では見ていきましょう。

黃帝曰 凡此四海者 何利何害 何生何敗
(黃帝曰く、凡そ此の四海なる者は、何れに利あり、何れに害ある。何れに生き、何れに敗る。)

黄帝の問いは、まず以下の対立概念での理解を試みようとしています。
利 ⇔ 害
生 ⇔ 敗

今でも「利害」という用語があるように、「利益と損害」という対立概念になりそうですが、テキストでは「正常と異常」と訳しています。
「利」は説文解字では「銛(するど)きなり。刀に従う。和して然る後利あり」とあり、鋭さと、それによって稲を刈り取って収穫(利得)を得る、の意があります。
一方、『易経』では「利」は乾卦の「元亨貞」に含まれる重要な言葉です。慣例で「おおいにとおりてただしきによろし」と読みますが、「利」を「よろし」と読んでいます。
このようにルーツをたどっていくと「利 ⇔ 害」は「よろしい ⇔ よろしくない」といった意味で用いられている可能性もあると思います。

 
歧伯曰 得順者生 得逆者敗 知調者利 不知調者害
(歧伯曰く、順を得る者は生き、逆を得る者は敗る。調うを知る者は利あり、調うるを知らざる者は害あり。)

「順・逆」は『素問』『霊枢』『難経』で繰り返し出てくる概念です。
陰陽の巡り、四象の巡り(季節に置き換えれば春夏秋冬の巡り)、五行の巡り(木火土金水の母子関係)それぞれに順・逆があり、順であれば正常を保つ、あるいは病があっても好転に向かうとし、逆は病の状態であったり、悪化の方向につながります。いくつか挙げてみます。

『霊枢』 九鍼十二原
調其血氣 榮其逆順出入之會
往者為 來者為 明知逆順 正行無問

『霊枢』 營氣
此營氣之所行也 逆順之常也

『霊枢』 逆順肥瘦
此言氣之滑渋 血水清濁 行之逆順

『霊枢』 逆順
氣之逆順者 所以應天地陰陽四時五行也

『難経』 十九難
經言脈有逆順 男女有常 而反者 何謂也

『難経』 七十二難
隨其逆順而取之 故曰迎隨

ちなみに、『易経』でも「順・逆」は出てきます。
「水地比」という卦の五爻にかけられている言葉です。

九五 顯比 王用三驅 失前禽 邑人不誡 吉
顯比之吉 位正中也 舍 失前禽也
邑人不誡 上使中也
(比をあきらかにす。王もって三驅して前禽を失う。邑人誡めず。吉なり。比をあきらかにするの吉なるは、位正中なればなり。を舍ててを取る。前禽を失うなり。邑人誡めずとは、上の使うこと中なればなり。)

中庸の徳を持つ人は、獲物を追い詰める時も、三方向から追い立て、一方向は開けて逃げ道を作っておき、逃げる獲物は追わないものだ、としています。
これはよく戦記ものなどでありますよね。
敵を完全包囲すると相手も死兵となって頑強に抵抗し被害甚大となるので、逃げ道を用意しておく、というやつですね。
そのルーツとなるような考え方が『易経』の中にあったことに驚きました。

 
黃帝曰 四海之逆順奈何
(黃帝曰く、四海の逆順いかん。)

黄帝が四海の逆順についてさらに詳しく説明を求めます。
岐伯は有余と不足のケースを挙げて説明を重ねます。
 
歧伯曰 氣海有餘者 氣滿胸中 悗息面赤 氣海不足
則氣少不足以言
(歧伯曰く、氣の海に餘りある者は、氣、胸中に満ち、 悗息して、面赤し。氣の海足らざれば、則ち氣少なくして以て言うに足らず。)

「悗」はまどう、うつろうの意。悗息は呼吸困難。
胸中に気が溢れれば(実して)上逆して顔が赤くなるというのも頷けます。
逆に気が不足すれば(虚して)呼吸が弱くなり言葉も弱弱しくなります。

 
血海有餘 則常想其身大 怫然不知其所病 血海不足 亦常想其身小 狹然不知其所病
(血の海に餘りあれば、則ち常に其の身の大なることを想い、怫然として其の病む所を知らず。血の海足らざるも、亦た常にその身の小なることを想い、狹然として其の病む所を知らず。)

「怫然」は気が滅入る事。
張介賓は「怫は怫鬱である。気がむすぼれ晴れないさまをいう」と注釈しています。
「其の病む所を知らず」は病の勢いが緩慢で、自分は病気であることに気がつかないこと。張介賓は「病が血にあるものは、進行が緩やかではっきりと現れず、ぼんやりとして病んでいるところに気づかない」と注釈しています。
さて、自分の身体が大きくなったように感じたり(血海有餘)、小さくなったように感じる(血海不足)、そんな病態があるのかと思って調べたら、ありました。

不思議の国のアリス症候群(AIWS)は,Lewis Carroll の童話にちなんで 1955年にイギリスの精神科医Todd により提唱された。症状として
①身体像の変形
②外界の変形視
③空中浮揚の錯覚的誤認
④時間経過感覚の錯覚的変化
の4主徴が知られており,臨床症状に基づき診断される。
(Wikipediaより引用)

2020年に「小児欠神てんかん寛解後に不思議の国のアリス症候群を発症しgiant VEP を認めた一例」という症例報告もされています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscn/48/3/48_121/_pdf/-char/ja

この話をしたところ、先生から「以前、藤平健先生が、ポロプシーを苓桂朮甘湯で治した症例報告を読んだことがある。眼科領域(藤平先生は眼科医だった)でいうポロプシーは、不思議の国のアリス症候群に相当するようだ。」とのご指摘を頂きました。
藤平先生がもしこの『霊枢』海論篇を読まれたら、より血に作用する他の処方を選んだのだろうか、という話になりました。そう考えると面白いですね。

 
水穀之海有餘 則腹滿 水穀之海不足 則飢不受穀食
(水穀の海に餘りあれば、則ち腹滿ち、水穀の海足らざれば、則ち飢ゆれども穀食を受けず。)

「水穀之海」の有余不足は普通に消化器症状という感じですね。
 
髓海有餘 則輕勁多力 自過其度
髓海不足 則腦轉耳鳴 脛痠眩冒 目無所見 懈怠安臥
(髓の海に餘りあれば、則ち輕勁多力にして、自ずから其の度を過ぐ。髓の海足らざれば、則ち腦轉じ耳鳴り、 脛痠れ眩冒し、目見る所なく、懈怠して安臥す。)

髓海不足ですが、以下の病態です。
・頭がくらくらする
・耳鳴りがする
・足がだるく無力感がある
・目がかすむ
・倦怠感があり横になりたがる

上記に当てはまるような病気は何か、と思ったのですが、ここで今話題のChatGPTに聞いてみたらどうだろうと思い、以下のような質問をしてみました。

「あなたはベテランの医師です。
 以下の症状を訴える患者がやってきました。
「頭がくらくらしていて、耳鳴りもしています。
 足がだるく力が入らないうえに目がかすみ、
 倦怠感があって寝てばかりいます。」
 この患者がかかっている可能性がある病気の名前を
 教えてください。」

ところが、無料版のChatGPTでは回答が返ってきません。
そこで、AI鍼灸ネットワーク協会副会長の川井先生に相談したところ、有料版のChatGPT4で同じ質問をしてもらい、回答を得ることができました。
川井先生、ありがとうございました。

以下その回答です。

私はAIであり医師ではないため、正確な診断を提供することはできませんが、患者の症状をもとにいくつかの可能性を示唆します。最終的な診断は実際の医療専門家に任せるべきです。

患者の症状に基づいて、いくつかの疾患が考えられます:

貧血: 疲労感、だるさ、目のかすみ、頭がくらくらするなどの症状が現れることがあります。
頭痛: 特にめまい、耳鳴り、倦怠感が伴う場合は、慢性の頭痛や偏頭痛が考えられます。
メニエール病: めまい、耳鳴り、難聴を伴う内耳の疾患です。
低血圧: 頭がくらくらする、だるさ、倦怠感が現れることがあります。
甲状腺機能低下症(ハイポサイロイド): 疲労感、だるさ、頭がくらくらする、目のかすみなどの症状があります。
症状が原因不明の場合は、必ず専門の医療機関で診断を受けてください。これらの症状が他の疾患を示している可能性もありますので、早期診断が重要です。

非常にまっとうな回答で、AI技術の進歩に改めて驚かされました。

この病態については、先生から「脳脊髄液減少症」の可能性もご指摘頂きました。偶然かもしれませんが、「髄海の不足」とも合いそうです。
やはりまだ、ChatGPTも現役の医師の先生には敵わないようです。

「低髄液圧症候群,脳脊髄液減少症,脳脊髄液漏出症」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcns/22/6/22_443/_pdf/-char/ja

 
黃帝曰 余已聞逆順 調之奈何
(黃帝曰く、余已に逆順を聞く、これを調うることいかん。)
 
歧伯曰 審守其輸 而調其虛實 無犯其害 順者得復
逆者必敗
黃帝曰 善
(歧伯曰く、審かに其の輸を守りて、其の虛實を調え、 其の害を犯すことなかれ。順う者は復することを得、逆らう者は必ず敗る。
黃帝曰く、善し。)

最後のまとめとして、治療法はベーシックに虚実を調え(補瀉)、逆順を見極めてそれに沿った治療を行う、というものでした。

さて、海論篇は以上になりますが、コンパクトにまとまっていながら、重要なことがかなり述べられていて、興味深い内容でした。
次回は「五変篇」を読んでいきます。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。



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