見出し画像

きょうの霊枢 五変篇 第四十六(2) 2023/5/11

五変篇の2回目です。
前回は人が病む、病まないの差がどのように出るかについて、樹木に例えながら説明がなされました。
今回はその続きの部分からです。

黃帝曰 以人應木 奈何
(黃帝曰く、人を以て木に應ずるはいかん。)
 
少兪答曰 木之所傷也 皆傷其枝 枝之剛脆而堅
未成傷也 人之有常病也 亦因其骨節皮膚腠理之不堅固者 邪之所舎也 故常為病也
(少兪答えて曰く、木の傷らるる所や、皆其の枝を傷り、 枝の剛脆にして堅きは、未だ傷を成さざるなり。人の常に病むことあるや、亦た其の骨節・皮膚・腠理の堅固ならざるに因りて、邪の舎る所なり、故に常に病と為るなり。)

※「枝之剛脆而堅」の「脆」は誤って混入した字ではないかと言われているそうです。
※冒頭の写真にも挙げましたが、人体の表面から深部までの構成を考えた時、五行に当てはめると以下のようになります。

金 ー 肺 ー 皮(毛)
火 ー 心 ー 脈
木 ー 肝 ー 筋(腱・結合組織)
土 ー 脾 ー (肌)肉
水 ー 腎 ー 骨

これに、陰陽・気血水・表裏を当てはめると以下のようになりますし、

金 ー 肺 ー 皮(毛) 陽 気 表
火 ー 心 ー 脈    ↑  ↑ ↑
木 ー 肝 ー 筋    ↕  水 半表半裏
土 ー 脾 ー (肌)肉 ↓  ↓ ↓
水 ー 腎 ー 骨    陰 血 裏

本文の「骨節皮膚腠理」を当てはめると以下のように考えることができそうです。

金 ー 肺 ー 皮(毛) 陽 気 表    皮膚
火 ー 心 ー 脈    ↑  ↑ ↑     ↑
木 ー 肝 ー 筋    ↕  水 半表半裏 腠理
土 ー 脾 ー (肌)肉 ↓  ↓ ↓     ↓
水 ー 腎 ー 骨    陰 血 裏    骨節

いずれにしましても、人体の内部構造を重層的にとらえつつも、かなり柔軟に考えていた様子がうかがわれます。
ちなみに、これまでは皮膚は
表皮
真皮
皮下組織
の3層構造としてざっくりとまとめられていたのが、
近年では、皮下組織の層がより細かく分けられるようになってきました。

表皮
真皮
防御脂肪筋膜系(PAFS)
浅筋膜
潤滑性脂肪筋膜系(LAFS)
深筋膜
筋肉

木・肝の主る「筋(腱・結合組織)」の層を、この浅筋膜周囲の層として考えてみるのもあながち的外れではないかもしれませんし、近年この層への鍼でのアプローチも注目されつつある点も見逃せません。

話を戻します。

 
黃帝曰 人之善病風厥漉汗者 何以候之
(黃帝曰く、人の善く風厥を病み汗を漉らす者は、何を以てこれを候わん。)
 
少兪答曰 肉不堅 腠理疎 則善病風
(少兪答えて曰く、肉堅からず、腠理疎ければ、則ち善く風を病む。)

黃帝曰 何以候肉之不堅也
(黃帝曰く、何を以て肉の堅からざるを候うや。)
 
少兪答曰 膕肉不堅 而無分理 理者麤理 麤理而皮不緻者 腠理疎 此言其渾然者
(少兪答えて曰く、膕肉堅からずして分理なし。理なる者は麤理、麤理にして皮の緻かからざる者は、腠理疎し。 此れ其の渾然たる者を言う。)

※「風厥」という病になると、汗が漉漉(ろくろく)としたたって止まらない、としています。
この部分に馬蒔は以下のように注をつけています。

「此れ、上文を承けて善く風厥を病む者は其の腠理の疎なるを以てなるを言うなり。素問陰陽別論、評熱病論に皆風厥あり。素問瘧論及び本経の逆順篇には皆漉漉の汗を刺すことなかれと言う。則ち風厥は其の汗必ず漉漉然たるなり。少兪言う。肉堅からざるときは則ち腠理必ず疎にして為に能く風を病むと。然して其の肉の堅からざるを験する所以の者は、惟腓腸の上、膝後の曲處の膕となす。乃ち委中穴の在る所なり。其の肉の堅からずして分理なき者は其の理必ず粗なり。粗理にして其の皮の堅緻ならざるときは則ち一身の腠理必ず疎なり。所以に善く風厥を病むなり。此れ乃ち其の肉の渾然たる者は則ち皮は必ず密にして理は疎ならざるを言う。尚、何ぞ風を病むこと之れあらんや。」

馬蒔が挙げている、『素問』の他の篇の部分を以下に引用します。

『素問』 陰陽別論
二陽一陰發病 主驚駭背痛 善噫善欠 名曰風厥
 
『素問』 評熱病論
汗出而身熱者 風也 汗出而煩滿不解者 厥也
病名曰風厥
 
『素問』 瘧論
經言無刺熇熇之熱 無刺渾渾之脈 無刺漉漉之汗
故為其病逆未可治也
 
『霊枢』 逆順
無刺熇熇之熱 無刺漉漉之汗 無刺渾渾之脈
無刺病與脈相逆者

風邪の入り込みやすさについて、ここでは、(肌肉)の状態(硬・軟)と皮毛と腠理の密度(疎・密)で考えようとしています。守りが固くて(密で)しっかりしていれば、たやすく邪が外から入り込まない。では、守りがしっかりしているかどうかをどこで確認するかというと、本文では「膕肉(かくにく・ひかがみ・膝窩)」を観るとしていますが、馬蒔は一歩進んでこれを「委中」穴で観るとしています。
確かに、解剖学書などで見ても(実際に解剖実習に参加している先生の話を伺っても)膝窩周辺は、先ほど取り上げた浅筋膜や深筋膜が非常に発達していて、関節の安定性を支えています。そういった場所にある委中で、結合組織の層の状態を観ようとするのは、なかなかに合理的だと思われます。

※「而無分理」の「理」ですが、柴崎先生は以下のように説明されています。
「ことわり、きめ、おさめる、すじめ。田と土を組み合わせた会意文字で、区切りのすじを入れて精利された畑地や居住地を意味する。
理は宝石の表面に透けて見える「すじめ」のこと。
転じて動植物などの表面にある整然とした「すじ目」、「木の木目」、肌理、腠理の意味に用いる。」

皮膚の状態として「肌理が細かい」を良しとする傾向があると思いますが、
「無分理」すなわち、皮膚の筋目が粗い、あるいは(水滞のむくみなどで)引き伸ばされて消えてしまっている状態は風邪が入り込みやすい、としています。
漢方では「防已黄耆湯」を処方する際のひとつの目安になっているそうです。

※「此言其渾然者」
『甲乙経』にはこの6文字がなく、後人が書いた注釈が誤って本文に混入したのではないかといわれているとのこと。

さて、続いては「消癉」の病についてです。
 
黃帝曰 人之善病消癉者 何以候之
(黃帝曰く、人の善く消癉を病む者は、何を以てこれを候わん。)
 
少兪答曰 五藏皆柔弱者 善病消癉
(少兪答えて曰く、五藏皆柔弱なる者は、善く消癉を病む)

 「消癉」は現在だと糖尿病に当てはめられる有名な病態です。
たとえば、『素問』の通評虛實論では、

凡治消癉仆擊 偏枯痿厥 氣滿發逆 肥貴人
則高梁之疾也

「肥貴人」、つまり太った貴族階級の人で、「高梁之疾」、つまり栄養の取り過ぎ、食べすぎによる病としています。

『霊枢』の師傳篇では、有名な「消谷(穀)善飢」、食べても食べても満足できない、とセットになっています。

夫中熱消癉 則便寒 寒中之屬 則便熱
胃中熱則消谷 令人懸心善飢

また、この篇では「消癉」は五蔵が皆弱った状態によって生じるとしていますが、『霊枢』の本蔵では、心もしくは腎が傷られたことによって生じるとしています。

心堅則藏安守固 心脆則善病消癉熱中
腎堅則不病腰背痛 腎脆則善病消癉易傷


黃帝曰 何以知五藏之柔弱也
(黃帝曰く、何を以て五藏の柔弱なるを知るや。)
 
少兪答曰 夫柔弱者 必有剛強 剛強多怒 柔者易傷也
(少兪答えて曰く、夫れ柔弱なる者は、必ず剛強あり、 剛強なれば怒ること多く、柔なる者は傷れ易きなり。)

※ここから繰り返し「剛」と「柔」が出てきます。
「剛」は強くて硬い、「柔」は弱くてやわらかい、の意味がありますが、この時代には「陰と陽」で用いられることも多いです。

例によって「易」の話で恐縮ですが、『易経』では、「陰陽」にあたる内容を「剛柔」を使って説明しています。

『周易』 水雷屯 彖伝
剛柔始交而難生 動乎險中 大亨貞
 『周易』 天沢履 彖伝
也 說而應乎乾 是以履虎尾 不咥人 亨
『周易』 天地否 彖伝
内陰而外陽 内而外 内小人而外君子

また、『素問』や『霊枢』においても「剛柔」が用いられています。

『素問』 陰陽應象大論
審其陰陽 以別柔剛 陽病治陰 陰病治陽
定其血氣 各守其郷 血實宜決之 氣虛宜𤙲引之

『素問』 陰陽別論
淖則剛柔不和 經氣乃絕

『霊枢』 壽(寿)夭剛柔
有弱有強 有短有長 有陰有陽 願聞其

『素問』や『霊枢』でよく見られる、同じ漢字を違う意味で用いたりするトラップですね。特に「剛強多怒 柔者易傷也」などは、陰陽の意味で考えた方が意味が通りやすくなるように思います。

 
黃帝曰 何以候柔弱之與剛強
(黃帝曰く、何を以て柔弱と剛強とを候わん。)
 
少兪答曰 此人薄皮膚 而目堅固以深者 長衝直揚
其心剛 剛則多怒 怒則氣上逆 胸中蓄積 血氣逆留
髖皮充肌 血脈不行 轉而為熱 熱則消肌膚 故為消癉
此言其人暴剛而肌肉弱者也
(少兪答えて曰く、此の人、薄き皮膚にして、目堅固にして以て深き者、長き衝直に揚がり、其の心剛く、剛ければ則ち怒り多く、怒れば則ち氣上逆し、胸中に蓄積し、 血氣逆留し、皮に髖がり肌に充ち、血脈行かず、轉じて熱となり、熱あれば則ち肌膚を消らす、故に消癉と為る。
此れ其の人の暴剛にして肌肉弱き者を言うなり。)

※「目堅固以深者 長衝直揚」
テキストの現代語訳は「視線が鋭くて眼窩が深く、眉毛が立ち上がっている」と、人相を表現しています。
急に人相の話で若干唐突にも思えますが、古代中国から伝わる5つの術として「命・相・卜・占・医」が言われており、ここでいう「相」の話だと考えれば「医」とつながっている、と見ることもできそうです。
また「長衝」は『甲乙経』では「長衡」とされていて、眉毛の意味。
このような人相の人は、「心」の働きが強く、そのため怒りやすく、気が上逆して胸中に溜まりやすく、その結果血脈を流れる気が逆流して皮膚に拡散したり、肌肉に溜まったりした結果、(その間にある)血脈が滞って、熱を生じ、その熱によって肌肉がやせ衰える。
「消癉」の病態を、古代の人なりの知識と観察力でこのように分析したと思うと大変興味深いです。個人的にはよく考えられているなあ、と思います。

さて、今回はここまでになりますが、次回はこの後の内容を、篇の最後まで読んでいきます。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
 
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?