きょうの素問 診要經終論篇 第十六(1) 2023/11/2
診要經終論篇の1回目です。
診察の要点についてまとめられた篇ですが、あまり引用されたり参照されたりしている印象が薄いような気がします。
特に冒頭の部分が難解で、読み解きにくいのが影響しているのかもしれませんが、とりあえずテキストに沿って読んでいきましょう。
黃帝問曰 診要何如
歧伯對曰
正月二月 天氣始方 地氣始發 人氣在肝
三月四月 天氣正方 地氣定發 人氣在脾
五月六月 天氣盛 地氣高 人氣在頭
七月八月 陰氣始殺 人氣在肺
九月十月 陰氣始冰 地氣始閉 人氣在心
十一月十二月 冰復 地氣合 人氣在腎
(黃帝問いて曰く、診要は何如。
歧伯對えて曰く、
正月・二月、天氣始めて方しく、地氣始めて發す。
人氣、肝に在り。
三月・四月、天氣正に方しく、地氣定まりて發す。
人氣、脾に在り。
五月・六月、天氣盛んにして、地氣高し。
人氣、頭に在り。
七月・八月、陰氣始めて殺す。
人氣、肺に在り。
九月・十月、陰氣始めて冰り、地氣始めて閉づ。
人氣、心に在り。
十一月・十二月、冰復し、地氣合す。人氣、腎に在り。)
※ 方
王冰の解説。「方とは正である。天地の気が正しく万物を発生させることをいう。」
呉崑の解説。「方とは気がまさに昇り、歳が方にはじめとなり、人事が方に興ることである。」
白川先生の『字通』では、方は横にわたした木に人を磔にした形。これを境界の呪禁とするので、外方、辺境の意となる、としています。
『説文解字』では「あわせたる船なり。両舟の、省きて頭をむすびたる形に象る」と、舟の意としています。
易をやっていると、「方」といえば、坤為地の卦が思い浮かびます。
周易 坤為地 六二爻辞
直 方 大 不習无不利
(順直、方正、盛大の徳をそなえているので、学習の功を待たなくても、おのずから全てによろしきを得る。)
文言伝
直其正也 方其義也
(直とはその心の正しさ、方とはその行いの正しさのことである。)
坤為地(全陰)と対になる乾為天(全陽)は「元亨利貞」をその働きとしていますが、それらの働きを受けて実際に現象として現れるのが「方」が示す「行いの正しさ」ではないでしょうか。
そのように考えると、「天氣始方 地氣始發」は、天気(陽気)が正しく広がりはじめ、地気(陰気)が発散して減り始める、つまり「陽遁」の始まりを示している、と言えるでしょう。
さて、そうすると「陽遁」の始まり、つまり一年のはじまりをどこに置くか、という問題が浮上してきます。
易の十二消長卦を見ながら考えていきます。
順当に考えれば、「地雷復」の全陰に一陽が萌したタイミングが陽遁のはじまり、一年の始まりにふさわしいといえます。
実際、地雷復の卦にはこのように記されています。
地雷復 象伝
雷在地中 復 先王以至日閉關 商旅不行 后不省方
(先王以て至日に關を閉じ、商旅行かず、后は方を省みず。)
(一陽来復のこの時期においては、陽気が萌したばかりでまだ微弱であり、安静を持してひたすらその盛大におもむくのを待つべきであるから、古代の聖王も冬至の日には関所を閉ざし、商人や旅行者を行かせぬようにし、人君も四方の巡視を行わないようにする。)
※ ここでも「方」が出てきますが、ここでは「四方」を意味しているようです。
一方で、「地雷復」に萌す一陽はどこから来るかというと、「山地剥」の卦から来ます。
山地剥 上九 爻辞
碩果不食 君子得輿 小人剝廬
(碩果食らわれず。君子は輿を得、 小人は廬を剝す。)
陰においつめられた一陽が、堅い大きな実となって、最後は地上に落ちて、冬を越えて次の春に芽を出す種子となります。
それが「地雷復」の一陽になるのです。
次の図で見た方が分かりやすいかもしれません。
これを人の誕生で考えると、精子と卵子が受精して受精卵ができたタイミングを人の始まりとするのか、お母さんのお腹の中から出てきた出産のタイミングを人の始まりとするのか、ということです。
この始まりのタイミングは、変化点・切替えの時期ですので、世界の理の作用(神気の働き)が強く出る時期でもあれば、力が弱く邪が入り込みやすい時期でもあります。
古来よりこの方角(北東)・時期(丑寅)を「鬼門」とし、
またもう一つの始まりの方角(北西)・時期(戌亥)を「天門」として重視したようです。
※ 参考
「東北鬼門」観の成立と展開に関する研究
― 中国から日本への伝播を踏まえて ―
水野 杏紀(大阪府立大学 博士論文)
古来から伝わる、「六壬式(栻)盤」にもそれが表れています。
古代中国のこうした文献を読んでいくときは、平行して存在するいくつかの理論を援用しながら読み進める必要があるのかなと思います。現代に生きる我々が今の感覚で一貫性を求めてしまうと、かえって分かりにくくなるのではないかと思います。
ちなみになんですが、ここに挙げられている「鬼門」「人門」「天門」「地戸」は季節の巡りの変化点である「4つの土用」に展開していっているのではないかと思います。
さて、大きく脱線したので本文に戻ります。
※ 天氣正方 地氣定發
王冰の解説。「天気が正に方しいのは、陽気が明るく盛んだからである。地気が定まって発するのは、万物が華ひらいて実をつけようとするのである。」
呉崑の解説。「正に方しとは、時が正に暖かい時候で、生物が正に昇り(栄え)、一年の四季が正に興こることである。」
先ほど挙げた「十二消長卦」でいえば、「地天泰」の卦のあたりでしょうか。三陰三陽で、陰気と陽気が交わり、順調に万物が発育している時期を表現しているのではないかと思います。
※ 人氣在脾
張琦の解説。「この文にいう人気の所在は、金匱真言論、四時刺逆従論とは異なる。三月、四月は脾に在り、九月、十月は心に在る、というのは特に難解な変わった解釈であるが、とりあえず王氏の説に依ることとし、後の解釈を待つこととする。」
これも、先ほどに挙げた「地戸」の位置を「脾」の働きと見ることができるかもしれません。
※ 陰氣始冰 地氣始閉 人氣在心
「冰」も、先ほどに挙げた易の「坤為地」の卦を彷彿とさせます。
『周易』 坤為地 初六 爻辞
履霜 堅冰至
履霜堅冰 陰始凝也 馴致其道 至堅冰也
(霜を履みて、堅冰至る。
霜を履みて堅冰とは、陰のはじめて凝るなり。その路を馴致すれば、堅冰に至るなり。)
最初は「霜」のように弱い陰気の働きも、やがて強まっていくと堅い「冰」になるという陰気の働きを説いています。
陰の気が「果実」として結実し、それがやがて大地に落ちて種となる。(地氣始閉)
そうした働きは「天門」の働きであり、人体にたとえれば「神気」の働きであることから、「人氣在心」としたのかもしれません。
※ 冰復 地氣合 人氣在腎
高士宗の解説。「復すは、伏すと同じ。水氷の気が伏しているので、氷復すという。」
これも、今まで見てきたように、十二消長卦の「地雷復」のひとつ手前である、坤為地からの位置、変化を示していると思われます。
地中に埋まって冬を越すのは、坎(☵)で、人体では腎に相当し、陰に囲まれつつも内部に次の世代の芽となる陽気を蓄えています。まさに「冰復 地氣合」という感じがします。
王冰はこの流れを五行的に説明しています。「いったい気が変化するにあたっては、もちろん木で發し生じ、土で生長し茂って盛んとなって高く上り、金で粛殺し、火で寒を避け、水で伏し蔵される。これはみな陰陽の気の昇沈に従っているものである。」
では、次のまとまり。
故春刺散兪 及與分理 血出而止 甚者傳氣 間者環也
夏刺絡兪 見血而止 盡氣閉環 痛病必下
秋刺皮膚 循理 上下同法 神變而止
冬刺兪竅於分理 甚者直下 間者散下
(故に春は散兪と分理とを刺し、血出でて止む。
甚しき者は氣を傳え、間なる者は環らすなり。
夏は絡兪を刺し、血を見て止む。氣を盡して環るを閉づ。 痛病必ず下る。
秋は皮膚、循理を刺し、上下、法を同じくす。神、變じて止む。
冬は兪竅を分理に刺し、甚だしきは直下し、間なる者は散下す。)
前段は、一年を2か月ずつ、6で区切って論じていましたが、ここでは急に四季ごとの刺法の話になっています。
ひょっとしたら、この篇の著者も、前段の内容はとりあえずこれまでの通説として、よくわかっていない部分もあるけど引用して記述していて、著者が記したいと思った本体はここからなのかもしれません。
という訳で、若干力尽きつつあるので、ここではテキストで注釈されている語句を拾っておきます。
※ 散兪
四時刺逆従論篇に「春の気は経脈に在る」としているので、経脈の「兪」のこと。また、水熱穴論篇に「春は絡脈分肉を取穴する」とも言っている。
※ 甚者傳氣 間者環也
呉崑の解説。「病の甚だしいものは、鍼を久しく留め、その気が伝わるのを待ち、一日の間、周天ルートを一周するほどの時間を経て止める。少し癒えてゆるやかになったものは、しばらく鍼を留め、その経気が行って、そこから一周したのを候って止める。」
張景岳の解説。「伝は布散、環は周である。病の甚だしいものは鍼を久しく留めて必ずその気の伝わるのを待つ。病のやや穏やかなものは、その気が身体を一周行るのを候い、約二刻ほど鍼を止める。」
※ 刺兪竅於分理
張景岳の解説。「孔穴の深いものを竅という。冬気は骨髄の中にあるので、分理の間に深く兪竅を取らねばならない。」
張志聡の解説。「分理とは、分肉の腠理、すなわち谿谷となっている分肉の接合点である。谿谷は骨に属し、外では皮膚に連なる。そこで、春は分理を刺すというのは、外に連なる皮膚の腠理のことであり、冬は兪竅を刺すというのは、筋骨に近い腠理のことである。」
ちなみに、「金匱真言論」の内容と合わせて、 季節(五蔵)と刺す位置をまとめると、以下のようになります。
春(東、肝) 病之在筋 →刺散兪及與分理
夏(南、心) 病之在脈 →刺絡兪
長夏(中央、脾)病之在肉
秋(西、肺) 病之在皮毛 →刺皮膚 循理
冬(北、腎) 病之在骨 →刺兪竅於分理
さて、もう4000字を越えて、お腹いっぱいですが、もう少しだけ読み進めます。
春夏秋冬 各有所刺 法其所在
春刺夏分 脈亂氣微 入淫骨髓 病不能愈 令人不嗜食
又且少氣
春刺秋分 筋攣 逆氣環 為欬嗽 病不愈 令人時驚
又且哭
春刺冬分 邪氣著藏 令人脹 病不愈 又且欲言語
(春夏秋冬、各おの刺す所あり。
春に夏分を刺せば、脈、亂れ氣、微たりて、入りて骨髓を淫し、病愈ゆること能わず。人をして食を嗜まず、又且つ少氣ならしむ。
春に秋分を刺せば、筋攣つれ逆氣し、環りて欬嗽をなして、病愈えず。人をして時に驚し、又且つ哭せしむ。
春に冬分を刺せば、邪氣、藏に著き、人をして脹たらしめて、病愈えず、又且つ言語するを欲せしむ。)
ここは、五行の相生・相剋関係を中心に、以下のようにまとめてみました。
※春刺夏分 脈亂氣微 入淫骨髓 病不能愈 令人不嗜食
又且少氣
夏(火、心)の気が乱れる(脈亂氣微)
→ 逆剋で水気(腎)が乱れる(入淫骨髓、少氣)
→ 相剋関係の金気(肺)が衰える(少氣)
→ 母子関係の土気(脾)が衰える(不嗜食)
※春刺秋分 筋攣逆氣 環為欬嗽 病不愈 令人時驚
又且哭
秋(金、肺)の気が乱れる(欬嗽、又且哭)
→ 相剋関係の木気(肝)が衰える(筋攣逆氣)
→ 母子関係の水気(腎)が衰える(時驚)
※春刺冬分 邪氣著藏 令人脹 病不愈 又且欲言語
冬(水、腎)の気が乱れる(著藏 令人脹)
→ 逆剋で土気(脾)が乱れる(欲言語)
どうしても、若干こじつけのようになってしまいますが、それは仕方がないですね。こうしたこじつけにみえる理論を嫌って、古方派が形成されていったと思うのですが、それはまた別の話。
このあと、春に続いて、夏や秋、冬といったそれぞれの季節における治療原則に反した場合の話が続きますので、また来週見ていきたいと思います。
それでは、長くなりましたが今回はここまでになります。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
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