きょうの素問 瘧論篇 第三十五(3) 2024/2/15

瘧論篇の3回目です。
熱が出たり、引っ込んだりする「瘧」の病態がどうしてできるのかについてさらに黄帝と岐伯が議論を深めていきます。
考えてみますと、顕微鏡も無いし、免疫学説も全くない2000年もの昔に、「間欠熱」という病態を説明する、というのはかなり困難な作業ではないでしょうか。その困難さに正面から取り組んだ当時の臨床家や医学者に想いを馳せながら読んで頂ければと思います。

帝曰 夫子言衛氣每至於風府 腠理乃發 發則邪氣入
入則病作 今衛氣日下一節 其氣之發也不當風府
其日作者柰何
(帝曰く、夫子いう、衛氣、風府に至る每に、腠理乃ち發き、發けば則ち邪氣入り、入れば則ち病作る、と。
今、衛氣、日に一節を下り、其の氣の發するや、風府に當たらざるに、其の日に作る者はいかん。)

※ 前回の岐伯の説明では、「邪気」が一日に一節ごと椎骨を下って移動する、ということが述べられていたのですが、ここでは黄帝が「衛気」が一日に一節ごと椎骨を下っていくから、衛気とぶつからないじゃない、なんで?という主語を取り違えた困った質問をしています。
このような話がずれた質問が上司からされる、というのは会社でもあるあるなシチュエーションですが、さすがは岐伯。黄帝の質問を正すことなく、なんとか辻褄を合わせようと奮闘します。(今回の一番の見どころかもしれません。(笑))

※ 府
付は人の背に手をぴたりとひっつけているさま。そこから府は物がびっしりとひっつくように入っている蔵を指す。くら、みやこ、集まる所。
 
歧伯曰 此邪氣客於頭項循膂而下者也 故虛實不同
邪中異所 則不得當其風府也 故邪中於頭項者
氣至頭項而病 中於背者 氣至背而病 中於腰脊者
氣至腰脊而病 中於手足者 氣至手足而病
(歧伯曰く、此れ邪氣、頭項に客し、膂に循いて下る者なり。故より、虛實同じからず。邪の中ること所を異にすれば、則ち其の風府に當たることを得ざるなり。故に邪、頭項に中る者は、氣、頭項に至りて病む。背に中る者は、氣、背に至りて病む。腰脊に中る者は、氣、腰脊に至りて病む。手足に中るは、氣、手足に至りて病む。)

※ 前回までは、衛気が風府穴に到着すると腠理が開いて邪気が入り、その邪気と衛気がぶつかると発作が起こる、と説明していましたが、黄帝の質問により、衛気が移動することになってしまったので、これまでの説明をいったん放棄し、体の各所に邪気が潜んでいて、そこに衛気がやってくるとそこで症状が出る、という説明に変質してしまいました。

※ 此邪氣客於頭項循 ~ 則病作故
全元起本および、『甲乙経』、『太素』には、上記の範囲の八十八字の記載がみられない。
多紀元簡は「以下八十八字は『外台秘要』にあるので、古い注の文ではないだろうか。」と解説している。

 
衛氣之所在 與邪氣相合 則病作 故風無常府
衛氣之所發 必開其腠理 邪氣之所合 則其府也
帝曰 善 夫風之與瘧也 相似同類 而風獨常在
瘧得有時而休者何也
(衛氣の在る所、邪氣と相い合すれば、則ち病、作る。 故に風に常府なし。衛氣の發する所、必ず其の腠理を開き、邪氣の合する所、則ち其の府なり。
帝曰く、善し。夫れ風と瘧とや、相い似て類を同じうす。 しかして風は獨り常に在り。瘧は時ありて休むを得る者は、何ぞや。)

※ 風無常府
ここで岐伯のウルトラCが発揮されます。「風府」は経穴ではなくて、「衛気と邪気がぶつかるところ」としたのです。こうすれば、黄帝の問いを訂正せずに話が続けられます。それが良いのか悪いのかはありますが、よく考えるなあと思います。

※ 風
六淫(風、寒、暑、湿、燥、火)のうちの一つで、陽邪に属し、外感病の先導となる。

 
歧伯曰 風氣留其處 故常在 瘧氣隨經絡沈以内薄
故衛氣應乃作
帝曰 瘧先寒而後熱者 何也
(歧伯曰く、風氣は其の處に留まる。故に常に在り。
瘧氣は經絡に隨い、沈みて以て内に薄る。故に衛氣と應じて乃ち作る。
帝曰く、瘧の先に寒して後に熱する者は、何ぞや)

※ 瘧と風邪による病の違いを、それぞれの邪が体内でどのように振る舞うかと紐づけて説明しています。「風邪」はひとつの処に留まって正邪の闘争を続けるので、症状が持続的であるのに対し、「瘧」は経絡に沿って移動しながらしだいに深部に移動するので、衛気の移動に合わせて症状が出たり引っ込んだりする、としています。
 
  
 
歧伯曰 夏傷於大暑 其汗大出 腠理開發 因遇夏氣淒滄之水寒 藏於腠理皮膚之中 秋傷於風 則病成矣
夫寒者 陰氣也 風者 陽氣也 先傷於寒 而後傷於風
故先寒而後熱也 病以時作 名曰寒瘧
(歧伯曰く、夏に大暑に傷られ、其の汗大いに出で、腠理開き發し、因りて夏氣の淒滄の水寒に遇い、腠理皮膚の中に藏し、秋に風に傷らるれば、則ち病、成る。
夫れ寒なる者は、陰氣なり。風なる者は、陽氣なり。
先ず寒に傷られて後に風に傷らる。故に先に寒して後に熱するなり。病、時を以て作る。名づけて寒瘧と曰う。)

※ 淒滄之水寒
張景岳の解説。
「淒滄の水寒とは、水浴した後、冷涼の気に侵されるような状態をいう。暑さの後で寒を受けると、肌目が閉じ、汗が出なくなる。寒邪はまず皮膚の中に伏しており、清冷の秋の気の季節に、風が体外から侵襲してくると、発病するのである。」
「淒」は雨雲が出るさま、すさまじい、さかんの意味があり、「滄」は寒いの意味が中心となる。そこから、テキストでは「冷たい水湿の気」と訳している。

※ 寒瘧
寒気が内に潜伏しているところに、風邪を感受して誘発される一種の瘧疾。
臨床上、寒が多く、熱が少なく、日に1回又は3日に1回発作があって、発作時は頭痛、無汗あるいは微汗、脈は弦緊で力があるなどの証を表わす。

 
帝曰 先熱而後寒者 何也
歧伯曰 此先傷於風而後傷於寒 故先熱而後寒也
亦以時作 名曰溫瘧
其但熱而不寒者 陰氣先絕 陽氣獨發 則少氣煩冤
手足熱而欲嘔 名曰癉瘧
(帝曰く、先に熱して後に寒する者は、何ぞや。
歧伯曰く、此れ先に風に傷られ、後に寒に傷らる。
故に先に熱して後に寒するなり。亦た時を以て作る。
名づけて溫瘧と曰う。
其の但だ熱して寒せざる者は、陰氣先ず絕え、陽氣獨り發すれば、則ち少氣、煩冤し、手足、熱して嘔せんと欲す。名づけて癉瘧と曰う。)

※ 温瘧
内に伏邪があり、夏季に暑熱を受けて発生する瘧疾のひとつ。
臨床上、まず発熱し後に寒気がある。
熱が重く寒は軽く、汗は多かったり少なかったり、口渇して冷たい飲み物を欲しがる。
舌紅色、脈は軽く按ずると浮・数、重く按ずると無力などの証をあらわす。

※ 冤
『説文解字』に「屈するなり。兎のかこいの下にありて、走るを得ず、屈折するなり」とある。そこから、無理に抑え込められることとし、押し付けられた無実の罪(冤罪)や、うらみの意味になる。

※ 癉
病ダレの中の「単」は、籐のツルを編んでこしらえた「はたき」の象形。はたきは両側に耳があり、これでぱたぱたとたたき、ほこりを落としたり、鳥や小獣をたたき落としたりする。
また、このはたきは薄く平らなので、「薄い」意味にも派生する。
意味としては、病む、つかれる、黄疸、瘧の意味を持ち、熱病などで黄疸が出て痩せてくる病気を表わす。
王冰の解説。
「癉は熱の病であり、極熱がこれを起こすのである。」

瘧が、冷熱などによって、寒瘧、温瘧、癉瘧と展開してきました。
次回はこれらの病態に対する対応や、治療方法などを見ていくことになります。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回をお楽しみください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?