きょうの霊枢 天年篇 第五十四(2) 2023/6/1
2023年上半期の最後の月がスタートしましたが、天年篇の後半です。
人の一生の変化が簡潔にまとめられていますので、さっそく見ていきましょう。
黃帝曰 其氣之盛衰 以至其死 可得聞乎
(黃帝曰く、其れ氣の盛衰、以て其の死に至るは、得て聞くべきや)
歧伯曰
人生十歲 五藏始定 血氣已通 其氣在下 故好走
二十歲 血氣始盛肌肉方長 故好趨
三十歲 五藏大定 肌肉堅固 血脈盛滿 故好步
四十歲 五藏六府十二經脈 皆大盛以平定 腠理始疎
栄華頹落 髮頗斑白 平盛不搖 故好坐
五十歲 肝氣始衰 肝葉始薄 膽汁始滅 目始不明
六十歲 心氣始衰 苦憂悲 血氣懈惰 故好臥
七十歲 脾氣虛 皮膚枯
八十歲 肺氣衰 魄離 故言善誤
九十歲 腎氣焦 四藏經脈空虛
百歲 五藏皆虛 神氣皆去 形骸獨居而終矣
(歧伯曰く、人生まれて十歲にして、五藏始めて定まり、 血氣已に通じ、其の氣下に在り。故に走るを好む。
二十歲にして、血氣始めて盛んにして肌肉方に長ず。
故に趨るを好む。
三十歲にして、五藏大いに定まり、肌肉堅固にして、血脈盛滿なり。故に歩くを好む。
四十歲にして、五藏六府、十二經脈、皆大いに盛んにして以て平定し、腠理始めて疎り、栄華頹落し、髮頗る斑白に、平盛にして搖がず。故に坐るを好む。
五十歲にして、肝氣始めて衰え、肝葉始めて薄く、膽汁始めて滅し、目始めて明らかならず。
六十歲にして、心氣始めて衰え、苦しみて憂悲し、血氣懈惰す。故に臥するを好む。
七十歲にして、脾氣虛にして、皮膚枯る。
八十歲にして、肺氣衰え、魄離る。故に言善く誤る。
九十歲にして、腎氣焦げ、四藏經脈空虛なり。
百歲にして、五藏皆虛し、神氣皆去り、形骸獨り居りて終わる)
※ 走・趨・歩
『説文段注』には「釈名には、徐行を歩と曰い、疾行を趨と曰い、疾趨を走と曰うとあり」と説明している。
これに準じれば、10歳で(大股で)走る、20歳で(小股で)素早く走る、30歳でゆっくり歩くという形で、五臓や気血の状態を表現していることになる。
※頗(すこぶる) 現在では「とても、非常に」の意味で用いられているが、もともとは「少し、いささか」の意。
せっかくなので、ここは参考までに意訳してみます。
10歳になると、五臓がしっかりして気血も巡り、下半身が元気なのでよく走り回る。
20歳になると、気血が充実して筋肉も発達するので、動きが素早くなる。
30歳になると、五臓、気血、筋肉の充実がピークを迎えるので、堂々とゆったりとした動きになる。
40歳になると、五臓六腑や十二経脈はまだまだ盛んではあるが、肌のキメが柔らかくなり、顔色の艶もやや陰り、髪に白いものが混じるようになるので、座っていることが多くなる。
50歳になると、肝系統と胆系統が衰え始め、目が見えにくくなってくる。
60歳になると、心系統が衰え始め、気血の巡りが滞りはじめ、苦しみや悲しみに囚われるようになり、横になっていることが多くなる。
70歳になると、脾系統が衰え始め、皮膚がかさつくようになる。
80歳になると、肺系統が衰え始め、魂魄のうちの「魄」が安定しなくなって、言い間違えが増えてくる。
90歳になると、肝・心・脾・肺の4系統が尽きてしまい、残った腎系統も機能不全になる。
こうして100歳になると、五臓の機能が全て停止し、それを統括する働きも全て無くなってしまうので、そこにはただ物体としての肉体だけが残ることになる。
50歳で目が見えにくくなる、というのは40代後半から老眼をしみじみと感じている自分には胸を突かれる内容でした。
さて、最後の段落に入ります。
黃帝曰 其不能終壽而死者 何如
(黃帝曰く、其れ壽を終うる能わずして死する者はいかん。)
歧伯曰 其五藏皆不堅 使道不長 空外以張 喘息暴疾
又卑基牆 薄脈少血 其肉不実 數中風寒 血氣虛 脈不通
真邪相攻 亂而相引 故中壽而盡也
(歧伯曰く、其の五藏皆堅からず、使道長からず、空外に以て張り、喘息暴疾たり。又た基牆を卑くし、薄脈少血にして、其の肉実ならず。數しば風寒に中たり、血氣虛にして、脈通ぜず。真邪相攻め、亂れて相引く。故に壽に中ばして盡くるなり。)
前回も出てきた「使道(隧)不長」。「使道長からず」と読むことが多いようですが、それに対しての疑問が提示されていました。
実は柴崎先生も同様の疑問を持っていたようで、「道、隧各文字の語源的意味を考うれば、隧こそかくれた鼻孔であり、道は表面にある道で水溝と見るを妥当とする。使は共に或る一定の任務を持っている意を示すものである。」と解説されています。
※ 其肉不実
太素などでは「実」ですが、明刊本などでは「石」と書かれているとのこと。
※ 卑基牆
これも前回の前半にありましたが、解釈が諸説分かれるところです。
彫りの深いアングロサクソン系に比べて、平たい顔族のモンゴロイド系は寿命が短かったのかもしれません。
以上で、天年篇が終わります。
40歳から衰え始める、というのは現実的な記述だと思いますが、そのあと50歳(肝が衰える)→60歳(心が衰える)→70歳(脾が衰える)→80歳(肺が衰える)→90歳(腎が衰える)というのは、五行思想に準じたやや観念的な整理の仕方なのかもしれません。
いずれにしましても、『素問』の上古天真論と比較しながら読むと興味深い篇であることは間違いないと思います。
さて、次回からは「百病始生」を読んでいきます。
長い篇ですが頑張って読んでいきましょう。
それでは、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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