きょうの素問 玉機真蔵論篇 第十九(1) 2023/11/30

今回から、玉機真蔵論を読んでいきます。
この篇のタイトルについて、張景岳は「玉機とは璇璣玉衡(渾天儀)であって、これによって天道を窺うことができるが、(同様に)この篇のすぐれた理論からは人道を窺うことができる。したがって、玉機と真蔵とを並べ称したわけで、その真意は真蔵脈を重要視することを表しているのである」と解説しています。
今までになく長い篇なので、前後の文脈に注意しながら読んでいきたいと思います。それでは、本文を見ていきましょう。

黃帝問曰 春脈如弦 何如而弦
(黃帝問いて曰く、春の脈は弦の如し。何如なれば弦なるや。)
 
歧伯對曰 春脈者肝也 東方木也 萬物之所以始生也
故其氣來 耎弱輕虛而滑 端直以長 故曰弦 反此者病
(歧伯對えて曰く、春の脈なる者は肝なり。東方の木なり。萬物の始めて生ずるゆえんなり。
故に其の氣來たること、耎弱・輕虛にして滑、端直にして以て長なり。故に弦と曰う。此れに反する者は病む。)

※  耎 
「而」は祈祷師の長い後ろ髪の象形から、「柔らかい」「弱い」の意味を持つ。「需」は雨ごいをして待つ様子、人偏がつけば「儒」、サンズイがつけば「濡」となる。

※ 軽
柴崎先生の解説。「この字は、今日一般には「かるい」と訓読されているが、来る脈がかるいとはどういうことか。「説文解字」には「軽車なり。車に従い莖の声」と解説している。莖には「まっすぐピンと張る」という意味を含むもので、経(たて糸)径(直線状につなぐ近道)莖(まっすぐなクキ)脛(まっすぐなスネ)などには、みな巠の字が添えてある。<周礼・車僕>にも、「軽車」という言葉が見えており、<戦国策・斉>の中には「軽車、鋭騎をして雍門を衝かしむ」という句がある。つまり、「まっしぐらに敵の本陣に突っ込む戦車」である。つまり「軽」とは「まっしぐらに走る軽便な戦車」というのが原義で、軽重の軽に用いるのはその派生義である。従って、脈が軽いとは、来る脈が「サッと走るように来ること」であろう。」
(「巠」は、機織りの上下の枠の間に、三本のたていとがまっすぐに張られた姿を描いた文字。まっすぐに通る意味を含み、経の原字。)


帝曰 何如而反
(帝曰く、何如なれば反するや。)
 
歧伯曰 其氣來實而強 此謂太過 病在外
其氣來不實而微 此謂不及 病在中
(歧伯曰く、其の氣來たること實にして強なる、此れを太過と謂う。病、外に在り。其の氣來たること實ならずして微なる、此れを不及と謂う。病、中に在り。)
 
帝曰 春脈太過與不及 其病皆何如
(帝曰く、春の脈、太過なると不及なると、其の病、皆にいかん。)
 
歧伯曰 太過則令人善忘 忽忽眩冒而巔疾
其不及 則令人胸痛引背 下則兩脇胠滿
(歧伯曰く、太過なれば則ち人をして善く忘れ、忽忽として眩冒して巔疾たらしむ。其の不及なれば、則ち人をして胸痛みて背に引き、下れば則ち兩の脇胠滿たせしむ。)

※ 善忘
張志聡の解説。「気が上に集まって、乱れて忘れやすくなる。」
王冰の解説。「忘は怒の字の誤りである。霊枢経に「肝気が実すると怒る」とある。」

※ 眩冒而巔疾
王冰の解説。「眩は目がくらむことをいう。目まいがするのである。冒は乱れ悶えることをいう。」
巔疾は頭頂部の疾病をさす。

※ 脇胠滿
張景岳の解説。「胠とは脇の下の脇である。」
腋窩の柔らかいところをさす。
 
帝曰 善 夏脈如鉤 何如而鉤
(帝曰く、善し。夏の脈は鉤の如し。何如なれば鉤なるや。)
 
歧伯曰 夏脈者心也 南方火也 萬物之所以盛長也
故其氣來盛去衰 故曰鉤 反此者病
(歧伯曰く、夏の脈なる者は心なり。南方の火なり。
萬物の盛長するゆえんなり。故に其の氣來たること盛んにして去ること衰たり。故に鉤と曰う。此れに反する者は病む。)

※ 鉤
「帯鉤」は帯の留め金。
こちらのサイトで帯鉤のいろいろな写真を見ることができます。
 紐をひっかける、突き出た部分が特徴的ですが、それだと脈状としてはよくわかりません。
むしろ、曲線を描くなだらかにカーブしている本体部分を触るような感触が「鉤」の脈状ではないか、というお話がありました。


帝曰 何如而反
(帝曰く、何如なれば反するや。)
 
歧伯曰 其氣來盛去亦盛 此謂太過 病在外
其氣來不盛去反盛 此謂不及 病在中
(歧伯曰く、其の氣來たること盛んにして去ることも亦た盛んなる、此れを太過と謂う。病、外に在り。
其の氣の來たること盛んならずして、去ること反って盛んなる、此れを不及と謂う。病、中に在り。)
 
帝曰 夏脈太過與不及 其病皆何如
(帝曰く、夏の脈の太過なると不及なると、其の病皆にいかん。)
 
歧伯曰 太過則令人身熱而膚痛 為浸淫 其不及
則令人煩心 上見欬唾 下為氣泄
(歧伯曰く、太過なれば則ち人をして身熱して膚痛みて、 浸淫をなさしむ。其の不及なれば、則ち人をして煩心し、 上、欬唾を見わし、下、氣泄をなさしむ。)

※ 浸淫
呉崑の解説。「熱が去らず、しだいに浸透してひどくなる。つまり、邪熱が徐々に体内深く浸透していくことをいう。」
張志聡の解説。「邪熱を受けて皮膚に生じた瘡(かさぶた)」
 瘡が次第に蔓延拡大していく様子。

※ 氣泄
高士宗の解説。「後陰の気が泄るのである。」
失気ともいい、俗に放屁ともいう。


帝曰 善
(帝曰く、善し。)

今回は、春の脈と夏の脈について読みました。
次回は、秋の脈と冬の脈を見ます。
『素問』平人氣象論 では同様に季節の脈について述べています。

胃微曰平 弦多胃少曰肝病 但弦无胃曰死 胃而有毛曰秋病
毛甚曰今病 藏真散於肝 肝藏勱膜之氣也
胃微曰平 鉤多胃少曰心病 但鉤无胃曰死 胃而有石曰冬病
石甚曰今病 藏真通於心 心藏血脈之氣也
長夏胃微耎弱曰平 弱多胃少曰脾病 但代无胃曰死 耎弱有石曰冬病
弱甚曰今病 藏真濡於脾 脾藏肌肉之氣也
胃微曰平 毛多胃少曰肺病 但毛无胃曰死 毛而有弦曰春病
弦甚曰今病 藏真高於肺 以行榮衛陰陽也
胃微曰平 石多胃少曰腎病 但石无胃曰死 石而有鉤曰夏病
鉤甚曰今病 藏真下於腎 腎藏骨髓之氣也

この篇は、四季で記述されていますが、平人氣象論は五季で、「長夏=脾」が入っているのが大きな違いです。

さて、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
まだまだ先は長いですが、次回に続きます。




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