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きょうの霊枢 雑病篇 第二十六(3) 2023/4/6

雑病篇の3回目です。
今回は、前半は「心痛」に付随する病証と選択する経絡の話。
後半は「雑病篇」にふさわしく、Tips的なあれこれ、という感じです。
まさかのオチもありますので、さっそく見ていきましょう。


心痛引腰脊欲嘔 取足少陰
(心痛みて腰脊に引きて、嘔せんと欲するは、足の少陰に取る)

まず、「心痛」 ですが、『素問』『霊枢』ではいろいろな「心痛」が出てきます。例えば・・・

『素問』 厥論
少陰之厥 則口乾溺赤 腹滿心痛

少陰経の「厥」で起きると。

『素問』 繆刺論
邪客於足少陰之絡 令人卒心痛暴脹 胸脇支滿
無積者 刺然骨之前出血 如食頃而已

こちらは、少陰経の絡脈に邪が入ると起きるようです。

「心痛」についてのまとまった記述があるのは、『霊枢』の厥病篇です。
少し長いですが、引用しておきます。

**************************

『霊枢』 厥病
厥心痛 與背相控 善瘈 如從後觸其心
傴僂者 腎心痛也 先取京骨 崑崙 發狂不已 取然谷
(厥気上逆による心痛で、痛みが背部にまでひびき、痙攣するような感じがあり、背後から心を突かれたように痛み、そのため背や腰が曲がるのは、腎の邪気が厥逆して起こる心痛である。まず京骨、崑崙穴を取るべきで、狂を発して治らなければ然谷穴を取る)
 
厥心痛 腹脹胸滿 心尤痛甚 胃心痛也 取之大都 大白
(厥気上逆による心痛で、胸や腹が張り、みぞおちが激しく痛むのは、胃の邪気が厥逆して起こる心痛である。大都、太白穴を取るのがよい。)
 
厥心痛 痛如以錐鍼刺其心 心痛甚者 脾心痛也
取之然谷 太谿
(厥気上逆による心痛で、錐や鍼で突かれるように痛み、みぞおちが激しく痛むのは、脾気の厥逆による心痛である。然谷、太谿穴を取るのがよい。)
 
厥心痛 色蒼蒼如死狀 終日不得太息 肝心痛也
取之行間 太衝
(厥気上逆による心痛で、顔面が死人のように蒼白で、一日中深い呼吸ができないものは、肝気の厥逆による心痛である。行間、太衝穴を取るのがよい。)
 
厥心痛 臥若徒居 心痛間 動作 痛益甚 色不變
肺心痛也 取之魚際 太淵
(厥気上逆による心痛で、安臥・休息しているときは痛みは軽いが、動くと痛みがひどくなる。それでも顔色が変化しないのは肺気の厥逆による心痛である。魚際、太淵穴を取るのがよい。)
 
真心痛 手足清至節 心痛甚 日發夕死 夕發旦死
心痛不可刺者 中有盛聚 不可取於腧
(邪気が心に留まることによって起きる真心痛は、手足の冷えが肘や膝の関節にまで及び、心部が激しく痛み、朝に発作を起こすと晩に死亡し、晩に発作を起こすと翌朝には死亡する。心痛で鍼をしてはいけないのは、内部に積聚があったり、瘀血が滞留している場合である。)
 
**************************

今見ている雑病篇は、治療する経絡のみを指定していますが、厥病篇は経穴のみを指定しています。しかも何となく段落の構成が似ているので、試しに対比しながら読んでみます。
以下、もういちど最初から。

【雑病篇】
心痛引腰脊欲嘔 取足少陰
(心痛みて腰脊に引きて、嘔せんと欲するは、足の少陰に取る)

【厥病篇】
厥心痛 痛如以錐鍼刺其心 心痛甚者 脾心痛也
取之然谷 太谿
(厥気上逆による心痛で、錐や鍼で突かれるように痛み、みぞおちが激しく痛むのは、脾気の厥逆による心痛である。然谷、太谿穴を取るのがよい。)

何となくですが、対応している感じがします。
足の少陰腎経 ⇔ 然谷、太渓

【雑病篇】
心痛腹脹 牆牆然 大便不利 取足太陰
(心痛みて腹脹り、牆牆然として、大便利せざるは、足の太陰に取る)
 ⇔
【厥病篇】
厥心痛 腹脹胸滿 心尤痛甚 胃心痛也 取之大都 大白
(厥気上逆による心痛で、胸や腹が張り、みぞおちが激しく痛むのは、胃の邪気が厥逆して起こる心痛である。大都、太白穴を取るのがよい。)

腹が張る、というのは一致していますね。
足の太陰脾経 ⇔ 大都、太白

【雑病篇】
心痛引背不得息 刺足少陰 不已 取手少陽
(心痛みて背に引きて、息することを得ざるは、足の少陰を刺し、已えざれば手の少陽に取る) ※『甲乙経』では手の少陽が手の少陰
 ⇔
【厥病篇】
厥心痛 與背相控 善瘈 如從後觸其心
傴僂者 腎心痛也 先取京骨 崑崙 發狂不已 取然谷
(厥気上逆による心痛で、痛みが背部にまでひびき、痙攣するような感じがあり、背後から心を突かれたように痛み、そのため背や腰が曲がるのは、腎の邪気が厥逆して起こる心痛である。まず京骨、崑崙穴を取るべきで、狂を発して治らなければ然谷穴を取る)

痛みが背中に突き抜ける、ということろや、治らなければ、という構成が対応していますが、経絡と経穴が対応しません。
足の少陰腎経 ⇔ 京骨、崑崙(足の太陽膀胱経)
手の少陽三焦経(手の少陰心経)⇔ 然谷(足の少陰腎経)

【雑病篇】 
心痛引小腹滿 上下無常處 便溲難 刺足厥陰
(心痛みて小腹に引きて滿ち、上下常の處なく、便溲難きは、足の厥陰を刺す)
 ⇔
【厥病篇】
厥心痛 色蒼蒼如死狀 終日不得太息 肝心痛也 取之行間 太衝
(厥気上逆による心痛で、顔面が死人のように蒼白で、一日中深い呼吸ができないものは、肝気の厥逆による心痛である。行間、太衝穴を取るのがよい。)

病症は合わないのですが、とりあえず経絡と経穴を合わせておきます。
足の厥陰肝経 ⇔ 行間、太衝

【雑病篇】  
心痛 但短氣不足以息 刺手太陰
(心痛みて但だ短氣して以て息するに足らざるは、手の太陰を刺す)
 ⇔
【厥病篇】
厥心痛 臥若徒居 心痛間 動作 痛益甚 色不變 肺心痛也 取之魚際 太淵
(厥気上逆による心痛で、安臥・休息しているときは痛みは軽いが、動くと痛みがひどくなる。それでも顔色が変化しないのは肺気の厥逆による心痛である。魚際、太淵穴を取るのがよい。)

短気で呼吸がうまくいっていないのと、動くと痛みがひどくなる、というのは病態としてオーバーラップしているようにも思います。
手の太陰肺経 ⇔ 魚際、太淵

【雑病篇】 
心痛 當九節刺之 按 已刺按之 立已 不已 上下求之 得之立已
(心痛むは九節に當たりてこれを刺し、按じ、已に刺してこれを按ずれば、立ちどころに已ゆ。已えざれば、上下にこれを求む。これを得れば立ちどころに已ゆ。)

【厥病篇】
 真心痛 手足清至節 心痛甚 日發夕死 夕發旦死
心痛不可刺者 中有盛聚 不可取於腧
(邪気が心に留まることによって起きる真心痛は、手足の冷えが肘や膝の関節にまで及び、心部が激しく痛み、朝に発作を起こすと晩に死亡し、晩に発作を起こすと翌朝には死亡する。心痛で鍼をしてはいけないのは、内部に積聚があったり、瘀血が滞留している場合である。)

「九節刺之」は、テキストでは督脈上の「筋縮穴」とされています。
厥病篇の「真心痛」は狭心症もしくは心筋梗塞の発作という感じですので、確かに鍼をしている場合ではなさそうです。(とはいえ、当時は他に救命手段がなさそうですが・・・・)

以上、この段落については、「厥病篇」と対応させながら読んでみました。
内容的に一致する、しないはありますが、全体の構成として似ている部分があるので、何らかの関連性があるのかもしれません。

一応、こんな感じにまとめてみました。

さて、ここからは後半のTips的な内容の部分です。

顑痛 刺足陽明曲周動脈 見血 立已
不已 按人迎於經 立已
(顑痛むは、足の陽明の曲周の動脈を刺して血を見せば、立ちどころに已ゆ。已えざれば、人迎を經に按ずれば、立ちどころに已ゆ)

「顑」は「あご」ですが、あごの痛みに対して、テキストでは「足陽明曲周動脈」として下顎角にある「頬車穴」が挙げられていました。ただ、耳下腺も近い部位ですので「見血」になるほど刺すのはどうだろう、と思ってしまいました。 
「人迎」は頸動脈洞も近いので、さすがに鍼ではなくて「按」ですね。


氣逆上 刺膺中陷者 與下胸動脈
(氣、逆上するは、膺中陷なる者と下胸の動脈とを刺す)

気の上逆に対する胸部(膺)へのアプローチです。
テキストでは「膺中陷者」を「膺窓穴」としていますが、第3肋間上にありますから、深く刺すと気胸のリスクがあります。
また、「下胸動脈」は馬蒔の註では「膻中穴」となっています。
胸部の動きが悪くなって、呼吸が浅くなってしまっている方には何らかのアプローチが必要ですが、どうしても気胸が気になります。
私自身はそういった場合、まず大胸筋や、小胸筋の停止腱に近い部分に鍼をすることが多いです。
 
腹痛 刺臍左右動脈 已刺按之 立已
不已 刺氣街 已刺按之 立已
(腹痛むは、臍の左右の動脈を刺し、已に刺してこれを按ずれば、立ちどころに已ゆ。已えざれば、氣街を刺し、 已に刺してこれを按ずれば、立ちどころに已ゆ)

テキストでは、「臍左右動脈」は「天枢穴」、「氣街」はおなじみの「気衝穴」とされています。
ちなみに、天枢穴の位置は湯液での「真武湯圧痛点」とほぼ一致するそうです。
臍の外下方、中注穴あたりの圧痛は「瘀血の腹症」として有名ですね。

  
痿厥為四末束悗 乃疾解之 日二 不仁者 十日而知 無休
病已止
(痿厥は、四末束悗を為し、乃ち疾やかにこれを解き、 日に二たびす。不仁ある者は、十日にして知る。休む無かれ、病已ゆれば止む)
 
「四末束悗」は、患者の四肢を縛り、憤悶の気を起こさせ、その後に束縛を解くと、気血の流通を助けることができる、古代の導引法の一種、とのことです。いったん血流を制限してから解放する、という興味深いアプローチですが、実際に「低酸素誘導性因子(hypoxia-inducible factor:HIF)」というものがあるそうです。低酸素ストレスによってHIFと呼ばれる転写因子が活性化され、炎症反応や免疫反応などに幅広く影響するそうです。
詳しくはこちらを参照ください。

「低酸素ストレスと HIF」
https://jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/06/85-03-09.pdf


噦以草刺鼻 嚏 嚏而已
無息 而疾迎引之 立已
大驚之 亦可已
(噦するは、草を以て鼻を刺し、嚏せしむ。嚏すれば而ち已ゆ。息することなくして疾やかに迎えてこれを引けば、立ちどころに已ゆ。大いにこれを驚かしむるも、亦た已ゆべし)

さて、最後はしゃっくりの止め方です。
①草を鼻の穴にいれて、くしゃみをさせる。
②息を止める
③突然驚かせてびっくりさせる

まさかの、子供の頃によくやった、しゃっくりをしている人を驚かせるの原典がこんなところにあったとは。
本当に驚きました。



さて、長くなりましたが、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
次回からは「海論篇」を読んでいきます。



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