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きょうの霊枢 脈度篇 第十七(2) 2023/3/9

脈度篇の2回目です。
今回は、五臓と顔面部の感覚器との関係を述べ、そこから機能が失調した場合に展開し、最後は陰陽の気の相互関係がもたらす状態について整理しています。
さっそく見ていきましょう。


五藏常內閱於上七竅也
故肺氣通於鼻 肺和則鼻能知臭香矣
(五藏は常に內より上七竅を閱するなり。
故に肺氣は鼻に通じ、肺和すれば則ち鼻能く臭香を知る)

七竅は『霊枢』九鍼論篇にも出てきます。

七者星也 星者人之七竅 邪之所客於經 而為痛痺
舎於經絡者也
(七なる者は星なり。星なる者は、人の七竅なり。邪の經に客する所にして、而して痛痺を為し、經絡に舎る者なり。)

「七者星也」は北斗七星といわれています。
こういったところにも天人合一の思想があらわれていますね。

竅は「あな」。白川先生の『字通』によると、磔で刑死した骸骨の骨と骨の間の隙間から転じて「あな」の意。(以下、漢字の字義については同様に白川先生の『字通』を参照しています。)

「閱」はテキストでは「経る、通過する」の意味として解しています。
『説文解字』では「数を門中に具するなり」とあり、門中の車馬の数を数える意味。「閲兵式」などと今でも使われていますね。
 
心氣通於舌 心和則舌能知五味矣
(心氣は舌に通じ、心和すれば則ち舌能く五味を知る)
 肝氣通於目 肝和則目能辨五色矣
(肝氣は目に通じ、肝和すれば則ち目能く五色を辨ず)

まず、以下の系統が整理されます。
肺気-鼻-臭香
心気-舌-五味
肝気-目-五色

「知」は『説文解字』では「詞なり」。
「矢」には誓いの意味があり、誓約に用いた。
「口」は祝詞を納める器。
神にかけて誓うことで、そこから相互の意思を確認する=知るとなったとのこと。

「弁(辨)」は『説文解字』では「判つなり」。
当事者二人が盟誓せいたうえで訴訟を行う意味。
そこから、是非の判断を加える、裁判することをいう、とのこと。
肝系統の目の働きだけが「知る」ではなくて「弁ず」なのも興味深いです。
 
脾氣通於口 脾和則口能知五穀矣
(脾氣は口に通じ、脾和すれば則ち口能く五穀を知る)
腎氣通於耳 腎和則耳能聞五音矣
(腎氣は耳に通じ、腎和すれば則ち耳能く五音を聞く)

これで五系統が揃います。
肺気-鼻-臭香
心気-舌-五味
肝気-目-五色
脾気-口-五穀
腎気-耳-五音

ここからは機能障害の話です。
 
五藏不和 則七竅不通
六府不和 則留為癰
(五藏和せざれば、則ち七竅通ぜず。
六府和せざれば、則ち留まりて癰となる。)

五臓に対して六腑が出てきました。
まず、「和」の字ですが、『説文解字』では「相い應えるなり」。
軍門の前で盟約し、講話を行う意味があるという。そこから、やわらぐ、なごむの意味に。

五臓の不調は関連する感覚器に影響が出て、六腑の不調は気血の鬱滞により皮膚にできものができる、というところでしょうか。
 
故邪在府則陽脈不和
陽脈不和則氣留之 氣留之則陽氣盛矣
(故に邪府に在れば、則ち陽脈和せず、
陽脈和せざれば則ち氣はここに留り、
氣ここに留まれば則ち陽氣盛んなり)
 
府が邪気に冒される → 陽脈の不調 → 気の滞り → 陽気の偏盛

陽氣太盛 則陰不利 陰脈不利則血留之
血留之則陰氣盛矣
(陽氣はなはだ盛んなれば、則ち陰利せず、
陰脈利せざれば則ち血ここに留まり、
血ここに留まれば則ち陰氣盛んなり)

陽気の偏盛 → 陰脈の不調 → 血の滞り → 陰気の偏盛
 
陰氣太盛則陽氣不能榮也 故曰關
陽氣太盛則陰氣弗能榮也 故曰格
(陰氣はなはだ盛んなれば、則ち陽氣榮する能わざる
なり、故に關と曰う。
陽氣はなはだ盛んなれば、則ち陰氣榮する能わざる
なり、故に格と曰う。)
陰陽俱盛 不得相榮 故曰關格
關格者 不得盡期而死也
(陰陽俱に盛んなれば、相榮することを得ず。
故に關格と曰う。
關格は、期を盡すを得ずして死するなり)

ここで「関格」の話になります。
まずは字義から。
「関」は『説文解字』では「木を以て横に門戸を持するなり」とあり、閂(かんぬき、かんのき)の意味。そこから派生して、「とじる、ふさぐ」、「せきしょ」「かかわる」と意味が広がっていきます。

「格」は『説文解字』では「木長ずるかたちなり」とあり、木の枝が伸びてからむことをいう。また右側の「各」に「いたる」の意があり、そこから神意によってただす、格式・規格の意味となる。

「関格」は『素問』『霊枢』『難経』『傷寒論』を通じて出てくる概念ですが、現代ではあまり用いられていないように思います。その正確に意味する所が2000年の間に失われしまったのでしょうか。
引用例を並べてみます。

『素問』 六節藏象論
故人迎一盛病在少陽 二盛病在太陽 三盛病在陽明
四盛已上為
寸口一盛病在厥陰 二盛病在少陰 三盛病在太陰
四盛已上為
人迎與寸口俱盛四倍已上為關格 關格之脈贏
不能極於天地之精氣則死矣
・人迎の脈が4倍以上の大きさ→格陽
・寸口の脈が4倍以上の大きさ→関陰
・人迎、寸口の脈がともに4倍以上→関格
 
『素問』 脈要精微論
歧伯曰 反四時者 有餘為精 不足為消
應太過 不足為精 應不足 有餘為消
陰陽不相應 病名曰關格
・四時の気と相反するもので陰陽が応じていない
 
『霊枢』 終始
溢陰為內關 內關不通 死不治
人迎與太陰脈口俱盛四倍以上 名曰關格
關格者 與之短期
・人迎、寸口の脈がともに4倍以上→関格
 
『霊枢』 脈度
陰氣太盛則陽氣不能榮也 故曰關
陽氣太盛則陰氣弗能榮也 故曰格
陰陽俱盛 不得相榮 故曰關格
關格者 不得盡期而死也
 
『難経』 三難
三難曰 脈有大過有不及 有陰陽相乘 有覆有溢
有關有格 何謂也
然 關之前者 陽之動 脈當見九分而浮
過者 法曰大過 減者 法曰不及
遂上魚為溢 為外關內格 此陰乘之脈也
關以後者 陰之動也 脈當見一寸而沈
過者 法曰大過 減者 法曰不及
遂入尺為覆 為內關外格 此陽乘之脈也
故曰覆溢 是其真藏之脈 人不病而死也
  
『傷寒論』 平脈法
上微頭小者 則汗出 下微本大者 則為關格不通 不得尿
頭無汗者可治 有汗者死
・・・
趺陽脈伏而濇 伏則吐逆 水穀不化 濇則食不得入
名曰關格

ものすごく大雑把に言えば、
陰気が強すぎて陽気が巡らない(関)
→ 運動不足でむくんでいてごろごろしている感じ。
陽気が強すぎて陰気が巡らない(格)
→ 活動的すぎていつも忙しい。食べても太らない感じ。

そして陰気も陽気も強すぎる「関格」はエネルギッシュな働き盛りが突然死する(不得盡期而死也)が当てはまるのではないかと思います。
このあたり、よく観察しているなと思います。

並木先生からは、この陰気と陽気の関係について、東洋医学が初心者は「高気圧と低気圧」で考えると分かりやすいのでは、とアドバイスを頂きました。
高気圧と低気圧が激しくぶつかると雷雨になるところなど、確かにイメージしやすいと思います。

最後に栄の字ですが、もともとは「榮」で庭の松明(かがり火)が明るく草木を照らして華やぐさま。「営」の字とも混同して使われることがありますが、このあたりのことを柴崎保三先生は『黄帝内経 霊枢』で以下のように解説されています。

営は丸く周囲をとりまいて外部から区切った陣営であり、滎は水が円を描いてぐるぐる回ることである。栄は「キリの木」であるが、転じて木の末端に花が咲き、丸く木全体の輪郭を浮き出たせるような花木を全て栄という。
円を描いてとりまく点では営も栄も滎も、螢も凡て同じことであり、転じて環の端なきが如く回ることを亦栄とも営ともいう。従って古典には、この二つの字には厳密な区分をすることなく用いられた例が多い。
そこで原文の「陽気榮すること能わず」とは「陽気がまわることができない」という意である。

営気が身体の表面部分をぐるぐる回る、というイメージとも通じるところがありそうですね。

今回はここまでになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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