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きょうの素問 腹中論篇(1) 2022/11/10

腹中論篇の1回目です。
この篇では、「鼓脹」「血枯」「伏梁」「熱中」「消中」「厥逆」などの病例について論じています。これらはいずれも「腹中」に発生するので、腹中論として扱われています。
今回は、「鼓脹」「血枯」「伏梁」を見ていきます。

黃帝問曰 有病心腹滿 旦食則不能暮食 此為何病
(黃帝問いて曰く、心腹滿つるを病むありて、旦(あした)に食すれば則ち暮に食すること能わず。此れ何の病となすや。)
 
歧伯對曰 名為鼓脹
(歧伯對えて曰く、名づけて鼓脹となす。)
 
帝曰 治之柰何
(帝曰く、之を治することいかん。)
 
歧伯曰 治之以雞矢醴一劑知二劑已
(歧伯曰く、これを治するに雞矢醴を以てす。一劑にして知り、二劑にして已ゆ。)

※ 雞矢醴(けいしれい)
矢の字は失に通じ、さらに「屎」に通じるので、鳥の糞尿。
漢方では「鶏屎白」という、鶏の糞の白い部分を集めて日干しした後に酒で煮詰めて乾燥させ、磨り潰して粉末にしたものを用いる。『金匱要略』では、こむら返りや四肢の硬直に鶏屎白散として用いるとある。
張景岳先生は「鶏矢の性は、積を消し気を下し、大小二便を通利する作用がある。」と解説しています。

※ 知る
効果が現れることを自覚する。
 
帝曰 其時有復發者何也
(帝曰く、其の時に復び發する者あるは何ぞや。)
 
歧伯曰 此飲食不節 故時有病也
雖然其病且已 時故當病 氣聚於腹也
(歧伯曰く、此れ飲食節あらず、故に時に病むことあるなり。然りと雖も、其の病まさに已えんとして、時に故に病に當り、氣、腹に聚るなり。)

※ 時故當病(時に故に病に當り)
読み方に無理がある部分。
甲乙経では「因當風気」としており、
太素では「時當病」としている。
ただ、文脈からは、患者さんが表面上あるいは一時的には良くなったと感じて無理をして、かえって悪くなるという臨床上の展開は現代でもよくある話なので、恐らくその辺りの事を言っていると思われる。


帝曰 有病胸脇支滿者 妨於食 病至則先聞腥臊臭
出清液 先唾血 四支清 目眩 時時前後血 病名為何
何以得之
(帝曰く、胸脇支滿を病む者ありて、食らうに妨げあり。 病至れば則ち先ず腥臊の臭を聞き、清液を出だし、先ず血を唾し、四支清え、目眩み、時時前後に血す。病、名づけて何となすや。何を以て之を得るや。)

※胸脇支滿
「支」は、細長い草の根の部分を持って支えるの意があることから、胸郭の底の部分の実満と考えられるので、「胸脇苦満」とほぼ同意か。

※聞腥臊臭
「聞」は、四診の「望・聞・問・切」の2番目。臭いを感じ取る。
「腥臊」はどちらも動物の脂肉、生肉から転じて「なまぐさい」。

※清液
口に漿液性の唾液が溜まる事。鼻水が溜まる、という説もある。

※前後
前陰(尿道)と後陰(肛門)。

 
歧伯曰 病名血枯 此得之年少時 有所大脫血 若醉入房中 氣竭肝傷 故月事衰少不來也
(歧伯曰く、病、血枯と名づく。此れこれを年少の時に大いに脱血する所あるに得。もしくは醉うて房中に入り、 氣竭き肝を傷る。故に月事、衰少して來らざるなり。)

※ 醉入房中 氣竭肝傷
酔って房事を行うといえば、素問の第一篇、「上古天真論」の冒頭で、今の人が長生きできない理由の一つとして挙げられていました。

醉以入房 以欲竭其精 以耗散其真

※血枯
胸脇苦満と血虚が結び付けられているのは興味深い、という指摘がありました。

 
帝曰 治之柰何 復以何術
(帝曰く、これを治することいかん。復た何の術を以てするや。)
 
歧伯曰 以四烏鰂骨一藘茹二物并合之 丸以雀卵 大如小豆 以五丸為後飯 飲以鮑魚汁 利腸中及傷肝也
(歧伯曰く、四の烏鰂骨、一の藘茹を以て、二物これを并合し、丸むるに雀卵を以てし、大なること小豆の如くす。五丸を以て後飯となし、飲ましむるに鮑魚汁を以てし、腸中および傷肝を利するなり。)

※ 烏鰂骨(烏賊骨)
コウイカの内殻。『本草綱目』には「女子の血枯病、傷肝、唾血、下血を主る」とある。

※ 藘茹
茜草のこと。『本草綱目』には「経脈を通じ、血をいきいきさせ、血を行らす」とある。
ちなみに、コーヒーの木もアカネ科だそうです。

※雀卵
丸剤にまとめるつなぎとして使いつつ、雀卵自体にも「補精益血」の作用がある。卵は栄養ありますよね。

※ 後飯
食後、ではなく「前薬後飯」なので、食前に服用。

※ 鮑魚
鮑は「あわび」ではなく「塩漬け」なので、ここは干し魚。
話は逸れますが、この夏に行ったアフリカのトーゴの首都ロメのスラム街の屋台で食べた「エヴェスィスィ」には、鯵のような魚の丸干しの輪切りが入っていて、大変美味でした。

 
帝曰 病有少腹盛 上下左右皆有根 此為何病 可治不
(帝曰く、病に少腹盛んなるありて、上下左右、皆根あり。此れ何の病となすや。治すべきや不や。)
 
歧伯曰 病名曰伏梁
(歧伯曰く、病、名づけて伏梁と曰う。)

※ 伏梁
素問、霊枢、難経を通じて登場。主に以下の4種類がある。

① この篇で述べられる、腹部の上下左右に根をはり、中に膿血を包んでいるもの。内癰に属する。
② 素問「奇病論」で述べられる、気が大腸に溢れて、股や脛が腫れて、臍の周りが痛むもの。
③ 霊枢「邪気蔵府病形」で述べられる、心下の病が上下に移動し、時に唾血するもの。
④ 難経五十六難で述べられる、「心の積」。

 
帝曰 伏梁何因而得之
(帝曰く、伏梁は何に因りて之を得るや。)
 
歧伯曰 裹大膿血 居腸胃之外 不可治 治之 每切按之致死
(歧伯曰く、大膿血を裹み、腸胃の外に居して、治すべからず。これを治して切する每にこれを按ずれば死を致す。)

※ 切按之致死
ここを読むだけでも、あん摩マッサージ指圧はリスクのある医療だと改めて思いました。
 
帝曰 何以然
(帝曰く、何を以て然るや。)
 
歧伯曰 此下則因陰必下膿血 上則迫胃脘生鬲 俠胃脘内癰 此久病也難治 居齊上為逆 居齊下為從 勿動亟奪 論在刺法中
 
(歧伯曰く、此れ下れば則ち陰に因りて、必ず膿血を下し、上れば則ち胃脘に迫り、鬲を生じ、胃脘を俠みて内に癰たり。此れ久病なり。治し難し。齊上に居するを逆となし、齊下に居するを從となす。動くこと亟かにして奪せしむることなかれ。論は刺法中に在り。)
 
※ 上則迫胃脘生鬲
腹部の腫瘤が胃や肝臓を越えて横隔膜まで広がるところから、例えば卵巣癌などの播種転移などが考えられます。
私は、クラミジア感染症などから続発する、Fitz-Hugh-Curtis症候群などを想起しました。

今回は、湯液的な処方が複数出てきました。
素問・霊枢では、全部で13の処方が登場していて、傷寒・金匱でまとめられる処方の原型とも言われています。
この13の処方を探しながら読むのもまた面白いかもしれません。

今回はここまでになります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 
 

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