説得

ココには書けないことばかり

重りを担いで下ろす行為を納める。無人である。

「どんな一年だったか」と聞かれると、いちいち書けないことばかりだった。「個人的に」が付きまくる大変事ラッシュイヤーである。

だけどその分、充実していた。

「完全に人生詰んだ」というぐらいの窮地があったのだが、その後、馬力出して生き延びたりしていた。いや、ホントもうマジで絶対無理だと思った。「こりゃ刑務所行くしかないかなぁ」とやんわり思ったりしていた。

その上、「もうやらない」と決めていたバンドまで始めた。絵本まで出した。
まぁ、ここらへんは言うこと無しだった。そもそも設定レベルを「できないと思ってた」という最低ラインにしていたのだから当たり前だ。

ツラツラ書いてるうちに気付いたが、まとめると「依存から一線引いた一年」だった。

何とかなったのは「甘い罠」に救いを求めなかったからだ。そこに逃げ込んでらんないぐらい万事休すだったのもある。

たとえばアルコールが入るとガラリと変わり、正体をなくす男がいる。僕も絶賛コレだったのだが、思い切り酔っ払うことがなくなった。

ていうか酔えないぐらい現実がシビアだった。だけど結果良かった。ある程度のプレッシャーは人間をヘルシーにするらしい。

明るく楽しいお酒で、素面の態度とあまり変わらない、ふだんの延長線上の酔っぱらい方が一番いい。

飲むと態度がでかくなり大口を叩くのは、単に気の小さいやつだし、ウダウダと暗いグチばかりなら根の暗いやつ。

泣き上戸に笑い上戸はストレスがたまっている。理性が抜けて簡単な女を口説きまくるのもアレだし、暴力は論外。

アルコール依存になると、飲んでいないときも人格がコロコロ変わる。脳腸相関という医学的見解があるが、胃腸がブッ壊れていくと、慢性的に明るくなったり暗くなったりを繰り返す。脳細胞に影響を及ぼすからだ。

真剣な話、そうなると依存症は簡単に治らない。実際、自分治らなかったし。

ゆうメンタルクリニックの医師曰く、多くの患者が、酒好きだからそうなるわけではないそうだ。

やはり心のなかに問題を抱えていて、山口メンバーのように酒に逃げ込むのだ。

競争社会の緊張の中で生きている上に、業績の不振や家庭内のトラブルが重なったりするとストレスが限界を超える。

タフに見える成功者でも酒に逃げるひとがいる。

実際、アルコール依存の成功者は結構多い。病気までいけば、その椅子から転げ落ちるのは時間の問題だ。

もちろん医療や互助会などで立ち直ったメンバーもいる。だがそれ以上にアルコール依存が治らず、全てを失ったひとは多い。

アルコールに限らない。

借金、ギャンブル、薬物、性風俗など世の中には「甘い罠」がたくさん仕掛けられている。サクッと手に入る心のよりどころは先々からの前借りで、ダメージを伴う。

それらに呑まれると大至急没落する。呑まれたら一時的には問題なくとも、遅かれ早かれやってくる転落と隣り合わせだ。

「バンドしてます」という身分もある意味「依存」だったのかなぁと思う。

それだけで「ある程度、やっていることのあるワタシ」を演出できた。
【2011-2018】を振り返ると、そう考えてしまうのだ。

過去の僕は「いやいや、心から音楽が好きです」と言うが、実際は音楽に依存していただけだ。「依存」と「好き」には大きな隔たりがある。

距離感がバグって、「それが無いと駄目」になっているのは「好き」とは言えない。まわりも自分も未来も、守れないからだ。

『依存に対して一線引いて生きることができるようになった』

そう書いてみると微妙に寂しさが鳴る。
バキバキに引っ付いていたカップルの別れにも通ずる痛みがある。

でもコレでいいのだ。こうじゃないと面白くないし、クールじゃない。

寄りかかるところが無くなって、「安定」という名の言い訳は使えなくなった。

でも安定なんかを求めるよりも「自分がいることでまわりを安心させられるやつ」になりたいものである。

より強力な男を目指して、来年も人間をちゃんとやろうかと。

それにしても新しい年号何になるのだろう。

『平成』は中国の司馬遷の書いた「史記」の「内平外成」という文と「書経」の「地平天成」が元ネタだ。
「国の内外、天地(宇宙、世界)の平和が達成される」みたいな意味だったと思う。

「風仁(ぷーにん)」がいいなぁ。パピプペポがいい。

何はともあれ、今年も駄文乱発お世話になりました。ここnoteを来年もよろしくです。

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