樹海で見たもの(2)
※以下の文章は、2015年に自分のブログに書いたものの転載です。特にグロい描写やショッキングな画像は出てきませんが、自殺関連ネタではありますので、その手の話が苦手な方は、読まない方が無難かも知れません。
売店の片隅に座って警察の到着を待つ間、私は念のため、名刺と免許証を財布から出し、ズボンのポケットに移しました。別に前科があるわけではありませんが、何となく、あまり細かく身元を調べられたくなかったのです。
15分ほどでパトカーが到着しました。制服の警察官2人(おじさんと若者)が乗っており、その2人と一緒にパトカーに乗ってまた現場を案内。この時も私は遊歩道に残り、遺体の近くには行きませんでした。
大まかな検分が終わったようなので、私は、
「じゃあ、あとはお願いします」
と言い残し、その場を立ち去ることにしました。案の定、
「何かあった時のために、連絡先を教えて下さい」
と言われたので仕方なく、名前、生年月日、住所、電話番号などを、聞かれるままに答えました。
その場で警察官2人と別れ、そのままとことこと、当初行く予定だった「野鳥の水飲み場」の方角へ歩き始めました。はじめのうちこそ、心中穏やかではありませんでしたが、
「警察にも知らせたし、これで遺体もちゃんととむらってもらえるだろう」
と考えると、一定の責任を果たしたような気持ちになり、胸のもやもやも、次第に消え去っていきました。そしていつの間にか、
「樹海は面白いなあ。来てよかったなあ」
などという、歩き出し当初のモードに戻っていき、結構いい気分で、野鳥の水飲み場に到着しました。
ここは遊歩道の分岐点で、ここから根場浜に行く道と「コウモリ穴」に行く道に分かれています。根場浜は割と栄えていそうな感じがしたので行くのはやめ、コウモリ穴を目指すことにしました。本当は、バスの中から見えた、バス停で言うとひとつ手前の「竜宮洞穴」に興味があったのですが、コウモリ穴への道の方がわかりやすそうなので、まずはコウモリ穴に向かいました。
その途中も「檜の奇木」や「雨やどりの穴」など、景観的に面白い、絵になるところも多々ありました。歩きにくいところは木片をちりばめて歩きやすくしてあったり、なかなか行き届いているなあ、などと思いつつ、遊歩道を抜け、コウモリ穴のバス停のところに出たら、何と、さっき現場で別れたはずの若い方の警官が、私を待ち受けているではありませんか! あの後どこに行くかなど、具体的にはまったく教えていなかったのに…。やはり彼らは職業柄「鼻が利く」のでしょうか。
若い警官は精一杯の愛想笑いで私に近づいてきました。
「さっきのおまわりさんですよね?」
と私が聞くと、
「先ほどはどうも…。実は、いろいろご迷惑をかけたので、お詫びがしたいと上の者が申しまして。うちの課長がここに来るので少し待っててもらえますか」
とのこと。
「いや、そんな、お詫びなんていいですよ」
と丁重に辞退しましたが、
「いや、それだと私が怒られますから。とにかくしばらくお待ち下さい」
と、言葉だけは丁寧ですが、何やら有無を言わさぬ雰囲気です。
一体どういうことなのか状況を計りかねているうち、パトライトを乗っけた普通車(いわゆる覆面パトカー?)がやって来て、中からジャンパー姿の、40歳ぐらいの課長が現れました。
彼は、刑事第一課強行犯係のT・Nと名乗り、名刺はないとのことで、代わりにノートに書いたものを私にくれました。その上で、
「もう少し話をうかがいたいんです。事情が事情なので車の中で…」
と私を促します。
「え? お詫びがしたいんじゃないの? また事情聴取? 話が違うじゃないか!」
と思いましたが、そのT・Nという課長、口調は穏やかなもののかなりの強面で、うかつに逆らえない威圧感がありました。
「見つかった死体について警察で今調べているんですが、実は、自殺じゃない可能性もあるんです」
T・Nの言葉は、まるで刑事ドラマのようでした。
「え、じゃあ他殺ってことですか?」
私もつられて、刑事ドラマの登場人物のような口調で聞き返してしまいました。
「いや、まだどちらかはっきりしないので、結果が出るまで両面で捜査をしているんです」
この辺のセリフも、何度となくドラマで聞き覚えがあります。
「このあたりは自殺の名所でしょう。だからそれを利用した偽装殺人という疑いもあるんです。誰かがどこか別の場所で殺人を行い、その後で死体をここまで運んできて木にぶら下げておく…ということもありうるわけで」
ここまで来るともう完全に刑事ドラマです。何か、現実感が乏しい感じで聞いていると、突然T・Nは私の顔をはっきりと見て、こう告げました。
「大嶋さん。そうなると第一発見者であるあなたの証言が非常に重要なんです」
何か、いきなり頭をがーんと殴られたようでした。
「そうか、私は第一発見者なのか。たしかにそうだ。私が遺体を見つけなければ、こういう展開にはならなかった」
と、一人で納得しましたが、同時に不穏な感情が湧きあがってきました。
刑事ドラマや2時間ドラマだと、第一発見者=犯人、というケースが非常に多いのです。それは周知の事実だと思いますが、とすると、警察は私を疑っているのでは??
そう考えてあらためてT・Nの顔を見返すと、何だかそういう疑いの眼差しが感じられないでもありません。そして彼は、その日の私の朝からの行動を根掘り葉掘り聞き始めました。
「樹海には何時ごろ着きましたか? そもそも、どうしてここに来られたんです?」
私(大嶋)はこのまま殺人の容疑者にされてしまうのか? いよいよ緊迫する次回を待て!
つづく