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その辺にありそうなフィクション6「片想いをしていた相手が今もひとり」

*1/8

「いやー、それは贅沢な悩みだよ、なんかむかつくわー!」
圭は無邪気に笑いながらそう言い放ち、手元のビールをゴクゴクと飲み干した。

「それ言ったらさー、それはわかってるんだけどさ。でも本当に悩んでるんだからね」
「うん、わかってるよ、ごめんごめん(笑)。まぁ難しいよね。でもその悩みはやっぱ俺じゃ正解はわからないわ」
圭はそう言うけれど、べつに共感して欲しいわけでも、助言がほしいわけでも、ましてや正解を教えてほしいわけでもないので特に問題はなかった。
私はこうやって年に一度くらい、その時に抱えてる悩みを聞いてもらったりお互いの近況を話すような、そんな他愛もない時間を過ごせればいい。
と心の中で思うけれどそんなことを口にするつもりはない。言っても意味がないし私はそんなことを言う立場ではなかった。

圭が私の悩みに白旗をあげたことで会話はひと段落した。けれど、次いで語らう話題はすぐに浮かびそうもなかった。なのでとりあえず追加注文することを提案し、何を頼むか話すことで間を潰した。
私たちは今さら無言が気まずくなる間柄ではないけれど、無言でも居心地がいいと言えるほど私は圭の前で無防備にはなれないんだな、と思った。


*2/8

「そういえば圭は最近誰かいい人いないの?」
それとなく聞きたかったことを聞いてみた。
「いやー、まったく。出会いもないしさ。何か行動した方がいいかなと思ってマッチングアプリとかもやってみたんだけどすぐやめたわ」
「えっ?なんで?実際に誰かと会ってみたりはしたの?」
圭がマッチングアプリを利用していたことに少し驚きつつ、もう少し詳しく様子を聞いてみた。
「いや、全然その手前。メッセージのやり取りまではしたんだけどさ、会うまでに男はいろいろと課金させられるわけ。それでめんどくさくなっちゃってさ。それに女性の方がリスクがあったりするからしょうがないし、そうしないとマッチングの仕組みが成り立たないってのはわかるけどさ。それでも何か男女で不平等な感じがして納得いかなくて。だからすぐアプリ消しちゃったわ」
私はそれを聞いて何だか安心してしまった。
圭には本当に幸せになってほしいし素敵な相手と出会ってほしいと思っている。けれど、片や今でも圭に恋人ができたら落ち込む自分がいるのも確かだった。もう好きとかそういう感じじゃないはずなのに。あの日から幾分か時が経って、それから出来上がった今抱えるこの感情。これが何かを今日の今日まで言語化できないでいる。
ただ、今まさに話題にしているマッチングアプリが圭に似合ってないことはわかる。なので私はそれを安易に言語化し、圭に伝えてみた。すると圭は「うん、もうやらない」と簡素な同意を返してきた。


*3/8

「もう五年くらいだっけ?彼女いないの」
「いや、四年だから」
「なに?そこは細かいんだね(笑)」
「細かくないでしょ。一年は大きいよ(笑)」
「というか、そもそも彼女ほしいの?」
「いや、普通にほしいよ」
「でも全然焦ってなさそうだよね?本気出せばすぐできると思ってるでしょ?」
「まぁね。そのうちできるでしょと思ってる」
圭は何の謙遜もなくそう言いきった。けれど私もそれには同意する。たぶん端から見たらこんなに長く彼女がいないようには見えない。むしろずっといそうに見える。なので本当にいつ彼女ができてもおかしくないし、実際この四年間もそれなりに需要があった話を聞いてきた。けれど結局誰とも付き合うことはなかった。
確かに圭はいわゆる恋愛体質ではないようだけれど、決して女性に興味がないわけでもないと思う。実際、前回会った時も彼女がいる人のことを羨む発言をしていたと記憶してる。それに彼女に対する理想や条件的なものも別に高いような印象もない。
ではなぜここまで彼女がいないのか。圭と話す度によくこの疑問にぶつかり、その都度考えてみるけれど結局いつも理由はわからないまま。そしてそれは今日も同じで、やっぱり謎は謎のままになりそうだった。
ただひとつ、この疑問を思考すると必ず辿り着くことがある。
——きっと圭に彼女ができたら、もうこうして二人で会うことはなくなるんだろうな。
案の定、今回も辿り着いたこの思考。そしてこの思考はどんどんと頭の中を一杯に満たし、それに紐付いて寂しい気持ちが滲み出てくるのを感じた。


*4/8

圭とは同い年で、保育園からの関係性なので私の交友関係の中では一番古いことになる。かと言って出会ってから今日までずっと仲が良かったわけではない。
保育園の記憶はほとんどなく、小中学校の頃も用事があれば話すくらいだった。なかには一年間一言も話さないような年もあったと思う。そして高校からはお互い別々の学校へ進学したので、まさかその頃はこんなに長く仲良くするなんて思ってもいなかった。

そんな圭とちゃんと仲良くなったのは大学になってから。大学二年生の春から始めたバイト先が一緒だったのがきっかけだった。
私は高校時代からコンビニでバイトを始め、大学に進学してからもしばらくはそのバイトを続けた。けれど大学一年生の終わり頃にそのコンビニが潰れてしまい、新しいバイト先として適当に選んだ市内のファミレスで偶然圭もバイトをしていた。
バイトでの役割としては圭はキッチンで私はホール。なので直接的に仕事で関わるシチュエーションは少なかった。けれど逆にそれが仕事中特有の嫌な面みたいなものを見せ合わずに済み、結果としていい感じ仲良くなることに繋がった気がする。そして気づけばシフトが同じ日は一緒に帰るのがお決まりの流れとなり、そこで色々な話をするようになった。

ここまでのシチュエーションからすると、「このままこの二人付き合うのかな?」的な流れになりかねないとも思う。ただ、当時はお互いそんな感じは全くなかった。
けれど、とある一日をきっかけに私は圭のことが好きになってしまった。

*5/8

圭を好きになった日。それはバイト先で再会してから一年半ほど経った大学三年の秋頃。初めて二人で地元以外に出かけた日のことだった。

その日の目的地は下北沢。そこに行く理由は一緒に舞台を観るためだった。
その舞台は私の高校時代の先輩が入っている劇団の公演。ある日のバイト帰りに圭にその話をしたら意外にも興味を示してきたため、じゃあ一緒に行こうという流れになった。

舞台鑑賞当日。電車を二回ほど乗り換えて下北沢駅に着いたのは約束の時刻ちょうどだった。圭とは現地集合にしていたので駅に着いた旨を連絡すると既に東口改札で待ってると返信が来た。私は待たせていることのお詫びを返信し、それから少し急ぎ足で東口改札へと向かった。
私鉄最大級の長さと言われる例のエスカレータはなかなか地上へと体を運んでくれず、圭を待たせてしまっている申し訳なさを加速させた。
電車を降りてから数分かけやっと東口改札にたどり着くとそこには圭らしき姿が見えた。けれど何だかその姿はいつもの様子と違ったので、それが本当に圭であると確信するのに少し時間がかかってしまった。
この日の圭は目や耳にかかるほど伸びていた髪をバッサリと短髪に切り揃え、バイト帰りよりも幾分かお洒落な見格好をしていた。
私は合流するなり「今日なんか洒落てるじゃん。髪の毛もイメチェン?(笑)」といじってみた。けれど、心の中ではそのギャップにドキッとしてしまい、圭は実はカッコいいのだと認識することになった。
ただ、それから話し始めてみると中身はいつもの気さくな圭のまま。二人で初めて遠出するということで少し不安にも思っていたけれど、結果的には一日中、本当に楽しく過ごすことができた。

——なんだか一緒にいてずっと楽しかったな。
解散後、私は圭への気持ちが芽生え始めたことを自覚した。


*6/8

圭への気持ちが芽生えてからはそれをどう対処すべきか考える日々がしばらく続いた。考え出すとその気持ちは強くなっていき、私は戸惑った。圭とはバイト先が同じなので下北沢で会って以降も定期的に顔をあわせた。一緒にいる時はやっぱり楽しかったけれど、一人になると胸が苦しくなり、それがとても辛かった。
そしてそんな日々を幾日か過ごしていくうちに、私は結局それに耐えられなくなりその気持ちと向き合うことを放棄することに決めた。
それは前までの圭との関係を壊したくないから、という考えが理由だった。いや、もっと正確に言うとそもそも圭が私に恋愛感情を抱いていない、つまりどうせうまくはいかないとはじめから諦めた故の判断だった。
私はどうにか圭に振り向いてもらおうと行動するような決意を持ちあわせていなかった。

ただ、そうは言っても気持ちを簡単に整理できるはずはなく。なので私はその気持ちをしっかりと振り切るため、あえて他の男の人とのちょっとした話などを逐一圭に報告したり相談することにした。
圭は私の話を毎回聞いてくれては、時に茶化しつつ、結局は親身に話を聞いてくれた。それがなんだか切なくもあったけれど、自分に対して恋愛感情を持っていないということを改めて実感することができた。その結果、目論見通りどうにか諦めることができ、というより諦めざるを得ないと納得することができ、気づけばそのことで悩むこともなくなっていった。


*7/8

圭への恋愛感情ともすっかり折り合いがついた頃、季節は大学四年の春を迎えた。

その頃には恋愛的な話はなりを潜め、話題は就職活動のことばかりになっていた。
圭は広告業界を志望しているとのことで、私の知る限りでは熱心に就活に向き合っている側の学生だった。一方の私は自分が何をしたいのか、いまいち整理できず、具体的な行動もせず、怠惰な大学四年生になっていた。
そんな中、一ヶ月ぶりに圭と飲みに行くことになり、私は具体性のない就活の不安でも聞いてもらおうくらいの軽い気持ちでその日お店へと向かった。

駅前の大衆居酒屋で合流し、いつも通り他愛もない会話を重ねた。
けれど飲み始めてから一時間ほど経った頃、圭は私が想像もしていなかった話をし始めた。
「この前さ同じ大学の友達に告白されてさ。まだ返事はしてないんだけど、俺その人と付き合うことにしようと思ってる」
「えっ?……。」

圭が別の誰かと付き合うと聞いた瞬間、言葉という言葉が出ないまま今日までの圭との記憶が一瞬で脳内を駆け巡った。そして気づくと自分でもよくわからない事を言い始めていた。
「ちょっと待って。そんな急に告白されてそれで付き合うの?おかしいよそんなの、意味わかんない」
その後も感情のままに吐き出された私の言葉はどれも支離滅裂極まりなく、ついには折り合いがついたはずの圭への気持ちが最悪の流れで口から溢れ出てしまった。
「おかしいよ。私だって圭のこと好きだったのに。なんで付き合うことにするの?それなら私もちゃんと告白すればよかったよ」
気づけば涙も止まらなくなり、私は圭への申し訳なさと自分に対する情けなさで胸が一杯になった。今すぐここから立ち去りたい。けれどこのまま立ち去ったら何もかも終わる気がして席を立つことはできなかった。
私がどうすることもできずにただただ泣き続けていると、圭が再び話し始めた。
「えっ?どういうこと?ごめん、理解できないんだけど、要するに俺のこと好きってこと?」
彼は全く予想してなかったであろう私の反応にただただ驚いている様子だった。それはそうだ。私は圭に何も気持ちを伝えていないし素振りも見せてない。それどころか他の男の人との話を圭に相談したりしてきた。誰だってそんな相手が自分に好意を持っていただなんて思うはずはない。

結局その日は保留という事で解散したけれど、後日しっかりと私は圭に振られることになった。


*8/8

「ていうか今日って悩み相談ってことだったよね?結局俺、何も答えられてない気がすんだけど。なんか申し訳ないわ。…ていうか話聞いてる?」

ふと輪郭のハッキリとした圭の声が聞こえハッとする。どうやら昔の圭との記憶を辿ってるうち、すっかり上の空になっていたようだった。
何となく聞き取った言葉尻から、どうやら悩みを解決できてないことを謝っていることはわかった。なので上の空であったことを何となくな相槌で有耶無耶にしつつ、話を聞いてもらえただけでラクになれた、と感謝の気持ちを圭に伝えた。

「そっかぁ。それならよかったけど。まぁあんまり難しく考えなくてもいいんじゃない?それだけが全てじゃないでしょ」
「うん、そうだね。ありがとう」

ふと時計を見ると時刻はそれなりになっていた。
——このまま黙ってたら…。
ほんの少しだけそんなことを思ってしまったけれど、それはよくないことだとすぐに脳内で却下し、お会計をもらおうと圭に伝えた。
それから圭が店員を呼びお会計をお願いするとすぐに伝票を持ってきた店員はそれを圭へと渡した。
私は何の気なしに圭に値段を尋ねると圭は今日は何も解決できなかったし奢ってあげると言ってきた。私はその提案を断り、割り勘でよいと改めて圭に伝えると、圭は手元のお水を飲み切った後、笑いながら言った。
「来週誕生日でしょ?いいよ今日は本当に。誕生日プレゼントってことで。俺はそちらと違って独身貴族だからさ(笑)そのかわりいい人いたらちゃんと紹介してね」
私は喉まで出かかった「じゃあまたこうやって話聞いてね」という言葉を胸にしまい、圭の善意に対してただただ感謝の気持ちを伝えた。
それから席を立つために身支度を進めた。上着を羽織ってバックを手に取るだけの身支度はあまりにも一瞬で済んでしまった。

ー完ー

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