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「東京のプリンスたち」より

渡辺の二階へ上ると、プレヤーの上にレコードがかかったまま止まっていた。スイッチを入れると、廻りだしてエルヴィスの「レットミー」だった。「今朝、出かける時、あわてて止めたままだった」と言って渡辺は机に向かって万年筆の掃除をはじめた。山崎は片手で鏡を持ち上げて髪をとかしながら聞いていた。
正夫は寝ころんで本棚へ手を伸ばした。一冊ひっぱり出したら「原子爆弾ノ実験ト実在」という本だった。エルヴィスの唄を聞きながら読むのだから、読むものなら何でもよかった。聞いたところから読み始めた。‥‥太陽ノ誕生ト宇宙ノ誕生ハ必ズシモ同時デハナイトイウ仮定ハ前章デ延ベタガ、宇宙ノ構成ハ質量デハナクえねるぎぃデアルトイウ誤ッタ考エト同ジ様ニえねるぎぃト速度ノ誤リモマタ同ジナノデアル。従ッテ、宇宙ノコノ似テ非ナル理由ハ、例エバ鶏ト卵ハ異質デハナク、自動車ノ疾走トイウ二ツのコトバデ表現サレナケレバナラナイ様ニ速度ハ質量デモえねるぎぃデモナイ。速度トハ運動スル力デハナク運動シテイル状態デアル。コノ速度ニヨッテ宇宙ハ構成サレナイノデアル‥‥。
「エルヴィスはバナナクリームだけ食べて一週間過ごすらしい」
と、読みながら正夫は思い出したので教えてやった。「それ、デマじゃないか?」と山崎が言った。

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