久太郎4丁目渡辺に行ってみた。
こんにちは!歴史探訪家のタクヒロです。今回は渡辺姓のルーツである大阪府中央区久太郎4丁目渡辺にある、坐摩(いかすり)神社に行ってきました。今回のテーマは「なぜ、渡辺という字なのか。ルーツを探ろう」です。
この坐摩神社は元々中央区石町に鎮座していたが、天正10年(1582)豊臣秀吉の大阪城築城に当たり替地を命じられ、現在の久太郎4丁目渡辺に遷座された。
出典: 坐摩神社
渡辺のルーツを探るため坐摩神社がもともと鎮座していた石町に行ってきました。
天神橋駅から土佐堀通りを超え大川へ向かい、 ら常夜燈を見た時の景色
兵庫県福崎町にある河童のターミネーター版。遠くから見たときはプレデターを連想させゾッとします。
ここに渡し舟があってもおかしくないと感じらせる場所であった。渡辺のルーツを少し感じる瞬間でした。
そして、この近く坐摩神社があったと言われる旧鎮座場所を探したが一向に見つからず、Googleマップで見た際、住宅地の中に広場がある北大江公園が怪しくて行くと、昔神社があったと思わせる石階段と崖を発見したが決定的な証拠が見つからず諦めました。
しかし、改めて今調べると坐摩神社行宮としっかり出ていて後悔してます。近日行こうと思います泣。
ご愛読ありがとうございます。
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