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信じる事と種の中の光

それぞれの局面にそれぞれの師がいる
楽しさや歓びを見せてくれる師がいれば
苦しさや悲しみを見せてくれる師もいる
それらの師は私にその感情に溺れる事ではなく
学ぶ事を期待している
静かな心でそこから読み取る事
素直な心でその学びを自分の中に納めること

いつも誰かしら師が私を見守っている
混乱するのをやめて、その姿を思い浮かべてみる
その教え、伝えようとしている事を思い浮かべ
素直にやってみる

見放された人などこの世にはいない

信じる事ということは自分の価値観を貫く事だ
自分の中にある大切なもの、あたたかさの源泉
大事に扱われず部屋の角に放り出されてほこりをかぶっている
自分のすることはすべてそれを守り育てる為にあるのに
それを忘れて追われるように追いかけるように日々をすごしている
なんのために生き、なんのために死ぬのか
答えはひとつではない
自分の中にある真実の種を守り育てる
なにをしているときも慈しみ暖める
それは神から授かった種
自分という人に与えられた
それを育てる事、実現する事、それは道
誰に言われたわけでもない
誰に理解されるわけでもない
誰も見ていない
信じるという事は自分の中のあたたかさを守ること
なにをするかではなく、どのような思いを込めるか
それは他人に対して届けるものではなく
深く深く自分の中に抱きふくむこと
そのあたたかさの中で育った種が茂っていくのか
その様子を私たちは眺める
楽しみと歓びの中で愛でる

自分の中に育ったものはいつか何かを語り始める
いつかそれは自分を見守って来た師達に迎えられる
そんなふうに世界はできている

自分の心の片隅に転がっている種
微かなあたたかさと光を放っている
やさしさの記憶に呼応する

落ち着いて

師の眼差しを感じながら
拾い上げ、心を通わせる
闇の中で打ち捨てられていた種の中にある光はいかほどのものか
あなたという存在の奥深さは広がりは
そこに見つけた真実のかけらは掛け替えの無いもの
あなたは手にあるものはなによりも尊い

その種が示すもの
それを守って生きるということ
自分だけが自分を見ている
それが信じるということ

まっくらな中に光が仄かに湧き出ている

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