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面白い発見は「暇」から生まれる(気圧計の発明と測定)

※この記事は2022年1月8日にstand.fmで放送した内容を文字に起こしたものだ。


暇な時間というのは僕らが考えている以上に重要な時間だ。暇を持て余したことで、その後の人類を大きく発展させた事例は、実はたくさんある。

歴史における「暇」エピソードがあるので紹介したい。それが「気圧計の発明と測定」だ。

気圧というのはその名のとおり「気体の圧力」のこと。空気の重さは地域や高度によって変化していて、高度が違う2つの地点で同じ実験をすると、気圧の影響で結果に差が出るというのが知られている。山登りなどをしてるときに息が上がりやすくなるのは、上に登るほど気圧が低くなって、空気中の酸素の濃度が地上に比べて減っているからだ。

今でこそ天気予報や理科の実験でよく知られる気圧だが、17世紀の初期までは、科学者でさえ気圧に関しては間違った認識をしていた。具代的にいうと、ポンプで水を汲み上げる際の高さのについての認識だ。

ルネサンス期に鉱山業が発展していた頃と並行して、排水のための揚水機が当時普及していたが、強力なポンプを使っても約10メートルの高さ以上には水を揚られないことが知られていた。
ガリレオを含む当時の自然哲学者たちはこの現象を、「真空が水を引っ張り上げる力に限度がある」としつつ、通常の自然界では真空を見出すことはできないと考えていた。
これを、自然は「真空を嫌悪する」という言い方で表現していた。

ところが、イタリアの科学者トリチェリという人物は「真空嫌悪」の考え方がいまいちピンとこなくて、「真空ではなく、周りの空気が水を持ち上げているのではないか?」という仮説のもと、この問題を実験するようになる。
どんなものだったかというと、水銀をいっぱいに充した細長い管と、水銀をいっぱいに充した容器を準備して、細長い管の入り口を指で押さえながら逆さに立ち上げて、その容器の中で指を離す、というもの。こうすると、管の上部に真空が出現する。ガリレオはその真空が水銀を吊り上げると考えたが、体積の違う2つの管を使って実験しても、上昇する水銀の高さは変わらなかった。
これを見たトリチェリは、「やはり水銀を持ち上げているのは真空ではなく周りの空気ではないか?」と考えるようになったのだ。

ここまで聞いただけでも、「空気の性質一つ調べるのにこれほど手間をかけて、よほど暇だったんだな」僕は率直に思った。
一般的な感覚で言うと、「そんなことしてないで、仕事でもして金稼げよ」と思われる。

その後も気圧の実験は進む。今度はもっと暇な奴らだ。
トリチェリの実験を知って、さらにそれを押し進めたのが、フランの科学者ブレーズ・パスカルという人物。彼は義理の兄と協力して標高1500メートルほどの山まで水銀を使った実験装置を運び上げて、ひとつを山の麓に、もう一つを山頂に置いて、それぞれの場所で同じ実験を行った。
そうすると、水銀柱の高さが、山の麓と山頂でわずかに差が出ることがわかった。念のため山頂から少し離れたところでも計ってみたが、やはり同じ結果になった。

これを受けてパスカルは、水銀柱の高さを決めているのは真空ではなく、周りの空気そのものだと言うことを、より大規模な実験によって明らかにしたのだ。
トリチェリの実験装置は大気の圧力を測る計測器として解釈され、のちに大気の性質を診断する気圧計として重要な道具になっていく。

空気の性質一つ調べるのにここまで大掛かりな実験をしていたことからも、パスカルの「暇具合」がよく窺える。ところが、ここまで聞いて分かるとおり、そういった「暇」をフル活用していったことで、空気の性質の解明と気圧計という重要な観測器具の発明につながっていったのだ。

僕はこの歴史から「暇の使い方」をすごく学びされた。
特に日本は海外と比較して毎日忙しく働く人がすごく多い。ヨーロッパからの旅行者がそういう日本人を見てすごく驚かれてる場面もよく見かけるが、なぜ驚くかと言ったら、ヨーロッパの人は基本的に、暇な時間を大事にする傾向があるから。思索に耽ってみたり、趣味に没頭したりする時間は、彼らにとってQOLを上げるための大事な活動の一つなのだ。

一生懸命働いている人を僕は尊敬しているが、度が過ぎて健康を害してる人が多いのも事実。
しかも、そんなに働いているにも関わらず経済成長は一向に進んでいない。僕はそういう問題を解決するヒントがこの歴史につまっている気がする。暇を確保して、好奇心や幸せについて考えるからこそ、社会問題の解決や自己肯定も育まれていくのではないかと。

結論、暇な時間は大事にしようという話。


参考文献:図説 科学史入門(ちくま新書 1217)

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