かの幾何学者(The Geometer):エウクレイデス
※この記事は2022年2月12日にstand.fmテマ放送した内容を文字に起こしたものだ。
前回の放送で、多くの人が数学に興味が持てない理由、それは前触れもなく、唐突に、計算や理論や定理を教えられるからという話をした。
小学校から始まる四則演算から中学での、方程式、関数、証明など。高校に入れば三角法やら確率やら、数列やら。解ける解けないに関わらず、こうした分野が急に問題にされるから、面白さをいつ見出せばいいのかが分からないのだ。
これらは全て、数学という学問が、どういう過程を経て今のような形になっていって、どこに注意を向けると楽しさが見えてくるのかが全く伝わっていないのが原因にあると僕は思っている。
歴史の場合は、自分と同じ人間が過去にどういう生き方をしてきたのか?、どういう思惑で人と社会を動かしてきたのか?それを少しずつ知ることで今につながるというストーリーがあるので、学問の域を超えて、エンタメにも取り入れられいるわけだ。
だとしたら、数学の面白さをより知ってもらうためには、理論や定理を知るだけじゃなく、それらが、いつ、どこで、誰によって、どうやって完成されていったのか?そのストーリーを伝えることが重要だと僕は思っている。
そもそも数学というのは、役に立つ立たないの次元で収められるような学問ではなく、人間の知を底上げして、より深い思考をする過程そのものに面白さの本質があるとまずは知ってもらうこと。そして、それを築き上げた数学者たちの生き様を知ってもらうこと。これができれば、今まで習ってきた理論や定理がどういういきさつで完成されたが分かって、より数学に親しんでもらえると思っている。
その足掛かりとなるために、数学史の解説が役に立てば嬉しい。
今回紹介するのは、ギリシアの数学者エウクレイデスという人物だ。英語読みではユークリッドとも呼ばれる。この人も前回のピュタゴラス同様、名前だけは知っているという方は多いんじゃないだろうか?
ただ、「ピュタゴラスとエウクレイデスって何が違うんだっけ?」という疑問を持っている方もおそらくいると思う。どちらも髭もじゃのおじさんだし服装も割と似てるから、どっちがどっちだか分からなくなるのも無理はない。
ざっくりとだが区別の仕方を言うと、「ピュタゴラスの定理」を証明したのがピュタゴラス、『原論』と言う著作で有名なのがエウクレイデスだ。
「ピュタゴラスの定理」は前回も説明した通り、直角三角形の3辺の長さの関係についての定理だ。「三平方の定理」とも呼ばれる。
一方、エウクレイデスは『原論』という著作を残したことで有名だ。
この『原論』と言う著作が一体何なのか?順を追って説明していこう。
エウクレイデスは、紀元前325年頃、地中海のはずれ、今でいうレバノンにあたる大きな町であるティルスという場所で生まれる。幼い頃は今のシリアにあるダマスカスという街で何年か過ごした後、ギリシアの首都アテナイに移る。
アテナイには、哲学者プラトンが創立したアカデメイアという学校があり、エウクレイデスはそこの学生としてて、科学、数学、哲学を学んでいった。
紀元前300年頃になると、エウクレイデスはエジプトのアレクサンドリアに移って、そこで一生を過ごす。アレクサンドリアは、ナイル河口にある大都市で、当時は学問と商業の中心地だった。
アレクサンドロス大王がエジプトを征服した後、後継者のプトレマイオス王によって、学術活動のための機関が創立される。これが「ムセイオン」と呼ばれる。
エウクレイデスはこの学術機関の初代数学教授となって、その後、数学の研究活動を続けていくことになる。
その彼が残した最大の成果ともいわれるもの、それが『原論』だ。
これは、当時知られていた基本的な数学を全てまとめて提示した著作で、全13巻にわたって平面幾何学や数の性質、立体幾何学などが取り上げられている。
各章ごとに命題と問題が並べられていて、それぞれの命題には、数学において一番重要といってもいい「証明」がなされている。また、23個の基本的用語の定義、5つの公理を使って、筋道立てて、基本的な数学の展開もしている。
『原論』には、三角形の合同や作図の仕方、分配法則、比例に関する理論、偶数、奇数、素数などの数論など、幅広い分野の数学が収録されている。
実は『原論』の内容の大半は、エウクレイデス自身が考えたものではなく、タレスやヒポクラテス、ピュタゴラスなど、先代の数学者たちが残した成果をまとめたものなのだ。今でいう編纂にあたるだろう。
エウクレイデス自身による成果も確かに残されている。
それが、有名な「互除法」と呼ばれるものだ。日本の数学だと、「ユークリッドの互除法」という名前で紹介されることが多い。ユークリッドはエウクレイデスの英語読みなのでどちらも同じ人物だ。
互除法というのは、二つの整数の最大公約数を求めるための計算方法で、例えば240と55の最大公約数を求めたかったら、240÷55を計算してあまりを求め、その余りとわる数である55でまた割り算する。その余りと割った数でまた割り算をする.....。
これを続けて余が0になったとき、割る数に使っていた最後の数字が最大公約数になる。240と55の場合なら、5が最大公約数だ。
互除法は数論で最も古くから知られた手法で、今でも教科書に必ず載るくらい重要な解き方だ。数の性質からこういう解き方が共有されると、特定の数字を使って暗号技術に応用したりすることもできる。
こうして、エウクレイデスの『原論』は、数学的な推論や説明について新しい標準となり、数学について何か書く人は、エウクレイデスによる原理を立てた証明の仕方を取り入れていくようになった。
特に彼の幾何学に対する考え方は、この分野を強力に支配していたので、何世紀もの間、数学者たちが「かの幾何学者」と言えば、それはエウクレイデスのことを指していたほどだったそうだ。
『原論』は、現在何十ヶ国語にも翻訳されていて、発行部数は聖書以外では一番多い本とされている。それほどこの本には価値があるということだろう。
一見すると、過去の人の成果を寄せ集めただけと思われるかもしれないが、それまでバラバラだった数学を、定義と証明によって分類して一つの分野として確立させるには、とてつもない知識と胆力が必要になる。
例えば、僕らが学生の頃当たり前に使っていた漢字辞典。これも、清の時代の皇帝だった康熙帝という人物が生涯をかけて編纂した「康熙字典」というものが原型だ。そう考えると、編纂という作業がいかに重要な作業なのかは分かってもらえると思う。
エウクレイデスが残した功績は『原論』以外にもまだまだたくさんある。興味のある方はぜひ調べてみてほしい。
参考文献:『数学を生んだ父母たち―数論、幾何、代数の誕生 (数学を切りひらいた人びと) 』
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