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プロローグ

本気で甲子園を目指して文字通り朝から晩まで白球を追いかけた。小学生のころはフライを取るのが苦手で兄貴に付き合ってもらって何度も練習した。中学では朝練前に毎朝5キロ走った。夜かえってからは死んだように寝た。高校では彼女も作らず野球に打ち込んだ。高校3年間でのベストは県大会3回戦敗退。

大学に入ってから野球サークルに入ろうと思ったが、気分がノラなかった。大学に入って始めた居酒屋のバイトは楽しかった。声を出すのは慣れてる。とにかく忙しくて体力を持て余していた自分に合っていた。

大学3年になったころ、同じ学部の騒がしいやつらが草野球をやろうと言い出した。遊びだと割りきって自分も参加することにした。田舎から持ってきて一度も使っていなかったグローブは、手入れだけは欠かさずやっていた。グローブの手入れは好きだった。

木曜日の朝、いつもの少しの教科書とノートにグローブが加わったせいでパンパンになったカバンを肩から掛けて大学へいった。授業が終わって学校のグラウンドにむかった。自然と肘のストレッチをしていることに気づいて自分で可笑しくなった。

グラウンドは大学の知らない野球サークルらしき人たちがつかっていた。グラウンドの隅に知っている顔が見えた。くだらない話題を交わし、一人が見覚えのある白い球体をカバンから3つ取り出して一つを渡してきた。近くのやつと軽いキャッチボールをする。自然とテンションが上がる。

少しずつ距離を取る。ボールを取って、構えて、体重を、体の回転を、兄貴に言われたとおり、下半身を意識して足から腰、腕、ボールに伝える。ボールの軌道が二次関数から一次関数に近似していく。相手から届く鼓膜への振動が高く鋭くなっていく。体が心が熱くなってくる。

10分もすると息が上がってくる。キャッチボールの相手が疲れた顔をして、別のやつにボールを渡してベンチにさがった。自分も少し上がった息を整えるように、グローブをうちわ替わりにして呼吸を整えていた。

相手が軽く振りかぶるのが見えて、仰ぐのをやめた。

咄嗟に体が勝手に反応した。グローブ越しの左手に鋭い痛みが走り、破裂音のような音で鼓膜が鋭く揺れた。かろうじて捕球したが、自分でも何が起こったかわからなかった。気づけばグローブの中にボールが収まっていた。

半ば放心状態で見つめた視線の先には、グローブのつけ方が分からず照れくさそうに笑う大男がいた。左手の痛みはまだまだ収まる気配はなかった。

続く













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