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ですデシ!

キャッチボールをしてる会話の中でひとつわかったことがあった。大男の口癖は「でし!」だったのだ。と言っても語尾に「でし!」と勢いよくつけるわけで、世の人々が丁寧語につける「です。」を「でし!」というのであった。常人が聞き分けるのには半月ほど日を要する中、俺はその日のうちに聞き分けることがついた。そんな大男がかつて苦労したとっておきの話を練習の合間を縫って話してくれた。それは彼が小学生の頃、地元の野球塾に身を寄せていた時分に師匠と弟子の関係を持ったときの話だった。


師匠のデシはデシでし!

デシの私はデシでしが、あちらのものはまだデシには早くないでしか?


大男が口角泡を飛ばせば飛ばすほど、妙にその音というより、音階が気になりはじめた。陽が落ちても大男から放たれる球は球威と種類を増す。

ドス、ドス、ドス、ドス、、、

ドス、ドス、ドシ、ドス、ドシ、、、

(音が変わってきてるのか)

「カーブいくでし!」

ドス、ドシ、ドシ、ドシ、デシ、、、

「もういっちょいくでし!」

デシ、デシ、デシ、デシ、デシっ!!

球に憑依した大男の魂が俺のミットを揺さぶる。「でし!」と共鳴し合って、この世のものとは思えない音楽を球と声色で奏でている。そんなNHKホールにいるような感覚を抱きながら、球と魂による衝撃がミット越しに押し寄せる。この球を受け止めることができるこの刹那、俺は体の中から溢れるエクスタシィにも似た感情に浸っていた。

「おい、スピードガンで測ってくれ!!」

言葉が勝手に出ていた。興味だ。数字以上あるであろう球威をどうしても科学的に数字として認識し、知りたかったのだ。グラウンドの隅に置いてあるスピードガンを用いて測る。

デシッ!!

西の空はすでに、太陽が後ろ髪引かれたかすかな光であり、夜の帳が数刻すれば覆い尽くす。スピードガンがボールを捕捉することは容易でなかった。ひたすらに投げてもらった。衰えるでもなく、調子をさらに上げる大男はもはやこのグラウンドに置いてはもったいない存在のように思えた。

デシッ!!

デシッ!!!

デシッ!!!!

、、、

ピピッ、、、

スピードガンが反応した。数十球投げたが反応しないことに半ば皆が諦めかけていた。固唾を飲みながら、凝視し、子供の気持ちで科学的な数字の反応を待つ。静かな一瞬は自己の脈音が鮮明に聞こえるほど時の流れが遅く感じた。誰かの呼吸音が聞こえ始めようとしたその時、皆が目を疑ったのだ。スピードガンには「デシッ!」とデジタルで象られた矩形文字が映しだされていたのだった。

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