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地獄さ行くんだで 蟹工船

秋田県生まれのプロレタリア作家:小林多喜二による、戦前の日本の労働実体をリアルに描いた名著「蟹工船」を読了。

明治維新から始まった急速な工業化により、貧富の差が著しく拡大していた戦前の日本。いわゆる「成金」と呼ばれた資本家たちが、労働者を安く買い叩き、過酷な労働に従事させることで暴利を貪っていた様子がまざまざと描かれる。

働き方改革が浸透し労働環境の改善が細部にまで行き渡りはじめた昨今の日本に比べると、ブラック企業なんて言葉が生易しく感じるほどの劣悪な労働環境に驚嘆させられる。


​漁業+工場

まだまだ発展途上であった当時の日本では、第一次産業が盛んであった。中でも漁業では保存食として長期保管が可能な缶詰の需要が高く、鮭、マス、蟹の缶詰が売れていたとのこと。

しかし、北海道で取れた蟹を本州の缶詰加工場まで輸送していては鮮度が落ちてしまうため、いっそのこと海上で加工までやってしまえ、という発想から生まれたのがこの「蟹工船」であった。

ボロ船に乗せられた奴隷たち

二十年の間も繫ぎッ放しになって、沈没させることしかどうにもならないヨロヨロな「梅毒患者」のような船が、恥かしげもなく、上べだけの濃化粧をほどこされて、函館へ廻ってきた。日露戦争で、「名誉にも」ビッコにされ、魚のハラワタのように放って置かれた病院船や運送船が、幽霊よりも影のうすい姿を現わした。

Takiji Kobayashi. Kanikosen (Japanese Edition) (Kindle の位置No.342-345). Kindle 版

蟹工船に使用された船舶はいわゆる「中古品」であった。戦争が生み出した中古品に対し、著者が「上べだけの厚化粧」と表現する最低限の補修を施した漁船が「蟹工船」として採用されていたようだ。

そして、そんなボロで危険な蟹工船に乗り無法地帯の海上へ駆り出される漁民たちもまた、蟹工船に「乗らなければならない事情」を背負った者達であった。

発展が進み始めていたとはいえ、当時の日本では国民の大半が農家であり、特に東北の農家の中には冷害によって作物が育たず、農業だけでは「食っていけない」農家も珍しくはなかったそう。
そんな農民にとって、自分ひとりのみならず、家族全員を養えるかもしれない働き口となる蟹工船漁業は魅力的に写ったことだろう。家族を郷土に残し一人出稼ぎに来る大人の農民もいれば、年端のいかない農家の息子が雑夫としてが出稼ぎに行くことは珍しくなかったようだ。

また、悲しいことに人間は欲に弱い生き物であるから、はじめは家族のためにと過酷な労働に身を投じた者であっても、数ヶ月に亘る漁を終えた開放感から賭博や遊郭に賃金を注ぎ込んでしまい、翌年もまた船に乗らなくてはならない「愚民」もいたようだ

金のなる木

―蟹工船はどれもボロ船だった。労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。

Takiji Kobayashi. Kanikosen (Japanese Edition) (Kindle の位置No.337-338). Kindle 版.

生きるために必死の想いで船に乗った漁民たちは、資本家にとってはまさに奴隷のような存在だった。海上という閉鎖的な環境下では、労働者の権利など無いに等しく、暴力や長時間労働は当たり前で、時には命さえも軽んじられていた。

また、当時の日本は日露戦争の直後ということもあり、ロシアという分かりやすい国家の「敵」がいた。資本家たちは過酷な労働を日本男児特有の美徳として昇華することで、若い労働力を貪っていた。

安い労働力とボロ船に愛国心という調味料を入れるだけで、大量の資金を提供してくれる「蟹工船」は、資本家にしてみれば正に「金のなる木」であったことだろう。

漫画化もされた歴史的名著

100年程前に書かれた本作は少々読みづらさはあるものの、比較的短いストーリーとリアルな情景描写は目を見張るものがあると感じた本作。漫画化もされており、大筋のストーリーを追うだけなら十分漫画でも理解できることだろう。

プロレタリア文学(虐げられた労働者の現実を描く文学作品)の中でも有名な本作は、働き方改革が進んだ現代に読むことで、我々がいかに恵まれた時代を生きているか再認識させられる作品と感じた。凄惨な表現が多数あるため、人を選ぶことになるとは思うが、ほんの少し前の日本のリアルさを知ることの出来る歴史的な資料としても貴重な本作、ぜひ一度手にとってもらいたい。



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