モラトリアム #2
「それで……唯、これからどうするの?」
「普通に考えて警察署に自首でしょ」
「え、自首するんだ」
「私何かおかしいこと言ってるかな?」
「人のこと埋めといて自分からバラすの意味分からないでしょ」
「あ……」
この手で殺して埋めた同居人、一ノ瀬との会話は普段通りで緊張感に欠けていた。これまでの出来事がすべて夢で、彼女が生きていたのかと勘違いしてしまいそうだったが、彼女の鋭い一言で現実に引き戻された。
「いちいち面倒くさいなァ、この際だから私を殺したことは忘れてみたら? こうやって前みたいに話せるし、どこか出かけようよ」
「う、うん」
彼女に乗せられて一旦今日の出来事を頭の片隅に追いやった。そして、ここではないどこか遠くへ行きたいという思いだけが思考を支配した。
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物語にあるような読者を裏切る大どんでん返しや、誰も思いつかないような結末は現実にはない。
このやりとりも、彼女も妄想に過ぎない。
頭のおかしい気の狂った女が、自分を正当化するために用意したゴーストであり、優しく肯定してくれているのはそのためだ。
全部、全部わかっている。わかっているはずだ。
それなのに、楽な道を選んで歩き、妄想に過ぎない彼女の甘い誘いに私は捕まるまでの猶予期間であると自分に言い訳している。
情けない。昔から父によく言われていたのを思い出した。
「唯は自分に甘い、甘すぎる」
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「あま~~~~~~い!!甘すぎる!」
え?どういうこと?
なんか当然のようにめっちゃ食ってるんですけど。
一ノ瀬の提案で喫茶店へモーニングに来た私たちはこの店で一番人気のパンケーキを注文した。人気の理由は圧倒的なビジュアルにあり、これでもかとメープルシロップがかけられひたひたになった三段のパンケーキに、親の仇のように積まれていくホイップクリームの暴力、トドメに一ノ瀬はハチミツをぶちまけて食べている。当然のように私は彼女に言った。
「幽霊がどうして食事を摂れるの?」
口いっぱいにパンケーキを頬張る一ノ瀬が、こちらを見て何か必死に訴えているが何も聞き取れない。
「ちょっと、飲み込んでから喋りなよ」
コーヒーで無理に流し込み一呼吸おいた一ノ瀬の表情は幸せに満ち足りている。
「そりゃー幽霊だってパンケーキ食べたいだろ。あっ、お姉さんコーヒーおかわり」
普通に他の人と会話してる。私だけに見えるものだと思ってた。本当に生きてるんじゃないのかと思い、初めて一ノ瀬の手の甲を指でなぞった。彼女は不思議そうにこちらに視線を送るが、不思議なのはこっちの話だ。
私の人差し指は一ノ瀬の手の甲をすり抜けることなく触れることができたのだ。この猶予期間でのタスクが一つできた。
彼女の死体を確認しなくてはならない。