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あの星の住人

老人ホームでの楽しいエピソードを綴っています。


食事を配膳する順番は特に決まっていない。
朝は早く起きて来た人からとか、右端のテーブルの人からとか、
食欲のありそうな人からとか、お膳の名前が目に付いた人からとか、
その日の気分で決めている。

「ご飯まだですか」
「ご飯ください」
「私は、腹が減ってます」
「もう帰ります」
「トイレに行きたいです」
「先生~此処にいてもいいですか~?」
「音楽でも掛けましょうか?」
「あ〜薬が何処かに転がった〜」
色んな声が聞こえてくる。

ついにはこんな歌までも歌い出す始末。
『待ちぼうけ~♪ 待ちぼうけ~♪』
(あんたら、いい加減にしてよ!ちっとは静かに待てんのか?)
なんて、はしたない事は言わないで、
「はい、少々お待ちください。順番にお配りしていますから」
と言うと、また
『叱~ら~れ~て♪ 叱~ら~れ~て♪』と歌い出す。
「まったく、小憎らしいばあさんだよ」
と、笑いながらスタッフが言う。
「だけどどこか憎めないんだよね〜」

勿論、ご飯が配られれば「ありがとう」とお礼を言ってくださる人もいる。
黙って寝ている人もいる。
「要らない」と言う人も、「美味しそう」と言う人も・・・

このザワザワ感が今は懐かしい。
50人をまとめて面倒見る従来型(多数の介護スタッフが多数の入居者のケアを行う)の施設は、目が回るほど忙しかった。
今はユニット型(少人数ごとユニットケアを行う)の施設なので、あのざわつき感はなくなった。
改めて従来型の施設で働いていた頃を思い出してみると、一人一人の自由やら制限やらが入り混じって独特の世界観を作り上げていた気がする。
コロナの時期と重なって、ご家族様との関わりがシャットダウンしていたことも大きい。

大変だったけれど、貴重な経験が出来たと感謝もしている。
しかし、今は遠い昔の事になった。

2年間、私はきっと別の惑星へ行っていたに違いない。
みんな元気にしているかな?
個性あふれる皆さん、今思い返せばとてもとても愛しい人たち。





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