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【0004】 水の如く、という前に

肩が痛い。

なんというか、肩が上がらないのだ。

正確にいうと、物理的に上がらないのは腕なのだが。


40歳が近づいているって、

肩がアラート鳴らしてくれているのだろう。

しかしまだまだ未熟者の身、

もっと「腕」を上げていかなアカンというのに。


ところで、昨日は39歳の誕生日だったのだが、

その前日、38歳最後の夜のお話を今日は書こう。


9/24になにをしたのか。

メインイベントは、この記事のペンネーム『タクミックス』の名付け親(いわば、師匠)と会うことだ。


会ってなにをするかというと、

師匠が僕に「僕の弱点(のようなもの)」を教えてくれるというのだ。

それによって、運気がドカーンと上がるというのだ。ついでに肩も上がるようになってくれたら言うことはないのだが。


そんな期待を胸に秘め、僕はといえば、師匠と会う効果を最大限まで高めるべく、以前師匠に勧められたものの、やりかけで終わっていた、

「家系図をたどり、自分の命に託されたメッセージを考える」

というワークを、やれるところまでやり終えてから、面談に臨むこととした。


その場で語られたこと、いわば僕が授かった「38年目の指摘」の大事なところを抜き出すと、

①「お前は頑固」

②「(あまり仕事にプラスにならない)「べき論」にとらわれてる」

③「もっと柔らかく、清濁合わせ飲むと肚に決めて人と向き合えないか」

④「水の如く生きる」

といったことだった。


すごいな、と思った。

なぜかというと、ただ一段上からの教えではなく、ちゃんと自分に成り代わってくれていることがわかったのだ。

どういうことかというと、これら授かったご指摘と、先にやった家系図ワークがつながったのである。


家系図ワークというのは、簡単に言えば、

「自分の家系図を遡り(ときには子へ進み)、

自らの宿命(親や祖先からのメッセージ)に気づく」

という目的で行うワークのことである。


まさしく、②「べき論」は母親からのメッセージが大きくて、それを頑なに守ろうとしている自分が①「頑固」になっていたのだ。


そして、③「清濁合わせ飲む」ことで、子を養ってくれていたのが僕の父、つまり③は父からのメッセージ。


では④「水の如く」はというと、これは僕が自分の子供に対して託したメッセージだったのである。


子に「こう生きてくれ」と託したメッセージ、それはつまり、自分が達成できていない「憧れ」ともいうべき姿。


僕は、母親のメッセージに寄りすぎて、父親のメッセージを汲み取れていない状態を放置して、両方ともを受け止めて使いこなせるようにするという「宿命的宿題」に向き合ってなかった。


自分はその宿題を放置していたから段々と苦しい状況になっていったのに、子供には「水のように」とか言う奴になっていたのだ。あー、コワっ!


師匠が運気が上がると仰っていた意味が飲み込めました。


そりゃこんな都合だけいい奴に、いい風が吹く訳がない。


父と母から授かった命、そのどちらからもメッセージや意味があり、気づいたそれこそが「宿命」

(もっと遡れば、またいろんな様相の「宿命」に気づけると思う)


どちらかを否定するとかではなく、僕の場合はその両方をまずはしっかりと自覚し、その宿命を「リバランス」して、TPOに合わせて、出し入れ自在な状態にすること。


そら自分の価値を最大限発揮できるわ〜。

そら運気上がるわ〜。

と、納得。


肩が上がらんとかゆーてるくらいの人生のタイミングで気づくことができて、本当に自分は幸せ者。


機会を授けてくださった師匠にも、

ちゃんとメッセージを乗せてくれてる両親にも、

心から感謝。

39歳、しっかりやります。サンキュー!

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