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非公表裁決/弁護士が「事務経費分担金」として支払った金員のうち社外役員報酬に比例する部分を必要経費に算入することができるか?

法律事務所に勤務する弁護士が、事務所の規則に基づき支払った「事務経費分担金」のうち、社外役員報酬の一定割合として算定された部分について、事業所得に係る必要経費に算入することができるかが争われた事案の裁決です。

法律事務所では、パートナー弁護士ではなく、アソシエイト弁護士であっても、事務所事件以外の事件(個人事件)の受任が認められていることが多いのですが、その場合、その個人事件による収入の一定割合を事務所に支払うべきであるとされていることが一般的です。

そして、個人事件による収入の範囲については、民事事件や刑事事件等による報酬に限定されている場合もあるのですが、原稿料や講演料、さらには社外役員報酬も含むこととされている場合も珍しくありません。

この裁決の事案でも、請求人が勤務する法律事務所では、社外役員報酬を含む「個人事件業務に係る収入金額の3割に相当する金額」を事務所に支払うべきであることとされていたようです(裁決書に記載されている就業規則の定めからは「個人事件業務に係る収入金額」に社外役員報酬を含むかどうかは明確ではないのですが、その点については特に争いになっていませんので、少なくとも、当該法律事務所ではそのような取扱いがなされていたということだと思います。)。

請求人は、「事務経費分担金」の一部でも支払わなければ、個人事業としての弁護士業(本件事業)を行うことはできなかったのであるから、「事務経費分担金」の全額について必要経費に算入することが認められるべきであると主張したのですが、審判所は、以下のように社外役員報酬の3割相当額部分については、必要経費に算入することができないと判断しました。

イ 請求人事務経四分担金のうち本件牲用が一般対応の費用に該当するか否 かについては、上記(1)の法令解釈に従い、本件事業の内容や請求人事務経既分担金の趣旨・目的等の諸般の事情を総合的に考慮し、本件費用が、社会通念に照らして客硯的に本件事業と直接の関係を持ち、かつ、本件事業の遂行上必要なものと認められるか否かにより決することとなるから、これらの点について、以下検討する。
ロ 本件事業は、上記1の(3)のイの(イ)及び(ロ)並びにロの(イ)及び(ロ)のとおり、本件事務所に職務専念義務を負う勤務弁護士である請求人が、本件事務所の許可を得て、個人事業主として行う弁膜士業務であり、本件事業から生ずる所得は事業所得に該当する。請求人は、本件事業を行うに当たって、上記1の(3)のロの(ハ)のとおり、本件事業のために本件事務所設備の使用等をすることができ、上記(2)のハのとおり、実際に本件事務所設備の使用等をしていたことからすると、本件事業のために本件事務所設備の使用等をする必要があったことは認められる。加えて、上記1の(3)のロの(ニ)のとおり、本件就業規則に基づき、勤務弁護士が本件事務所の許可を得て個人事件業務を行った場合、勤務弁護士は、事務経費分担金を本件事務所設備の使用等の対価として本件事務所に支払うこととされている。
これらを前提とすると、請求人が事務経黄分担金を支払う目的として、本件事業を行うに当たって必要な本件事務所設備の使用等をすることがあったと認められる。
ハ 他方、事務経費分担金の額は、上記(2)のイのとおり、勤務弁護士が個人事件業務を行うために実際に本件事務所設備の使用等をしたか否かを把握して実額を計算することは困難であるため、■■■■■■■■と勤務弁陵士が合意した「個人事件業務に係る年間の収入金額の3割」として計算することとされ、同ロのとおり、その計算において、個人事件業務における本件事務所設備の使用等の頻度等に応じて金額が増減することはない。このような計算方法によれば、事務経費分担金の額は、勤務弁護士が個人事件業務のために実際に本件事務所設備の使用等をしたか否かにかかわらず、個人事件業務に係る収入金額に比例して決められることとなる。そして、請求人の場合は、請求人事務経費分担金の額を計算するに当たって、上記(2)のホのとおり、「個人事件業務に係る収入金額」に本件役員報酬の金額が含まれることとされたため、請求人事務経費分担金の額には、本件役員報酬の金額の3割に相当する金額(すなわち本件費用の額)が含まれているから、仮に、請求人が、本件事業を行わなかったとしても、本件役員業務を行っている限り、請求人は、本件費用を本件事務所に支払わなければならないことになる。
また、上記(2)のニのとおり、本件役員業務の内容は、主に、取締役会等に出席し、意見を述べることであって、実際に、請求人は本件役員業務を行うに当たって本件事務所設備の使用等をしていなかったというのであるから、請求人が本件役員業務のために本件事務所設備の使用等をする必要性はなかったといえる。そのほか、請求人が本件役員報酬を得たことに伴い、本件事業を行うために本件事務所設備の使用等の頻度が増加するなどの因果関係も認められない。
そうすると、請求人事務経費分担金のうち本件費用に限っては、本件事務所設備の使用等をすることを目的としていたとは認められず、そのほか、本件事業を行うことを目的としていたとも認められない。
ニ 以上の諸事情を踏まえると、請求人事務経費分担金は、本件事業収入の金額及び本件役員報酬の金額のそれぞれに比例して、異なる趣旨・目的により生じた別個の費用の合計といえるのであって、請求人は、本件事務所に対し、請求人事務経費分担金という同一の名目のもと、その支払を同時にしているにすぎないものと評価すべきである。
そして、そのうち本件費用については、本件事業収入の金額の3割に相当する部分とは異なり、本件事業を行うこととは無関係に生じたものであるといえ、その支払目的が本件事業を行うためとは認められず、また、本件事業を行うために本件事務所設備の使用等の対価として支払う必要性も認められない。そうすると、本件費用は、客観的に、本件事業と直接の関係があるとはいえず、また、本件事業の遂行上必要なものであるとも認められない。

自分の税負担にも影響しかねないということから、バイアスがかかってしまっている可能性もあるのですが、この裁決の判断には疑問があります。

おそらく、「仮に、請求人が、本件事業を行わなかったとしても、本件役員業務を行っている限り、請求人は、本件費用を本件事務所に支払わなければならない」という指摘が、一番のポイントになっているのだと思うのですが、そのことは、現に「本件事業」(個人事業としての弁護士業)を行っている場合において、「事務経費分担金」の全額が、本件事業と直接の関係を持ち、本件事業の遂行上必要な費用ではないという判断に直接には繋がらないような気がします。

例えば、個人事業としての弁護士業を行っているかどうかに関わらず、弁護士登録をする場合には弁護士会費を負担しなければなりませんので、個人事業としての弁護士業を行わなかったとしても(実際にも、個人事業としての弁護士業を行うことなく弁護士登録をしている弁護士は少なくありません。)、弁護士会費を弁護士会に支払わなければならないのですが、個人事業としての弁護士業を行っている場合に、弁護士会費がその事業と直接の関係を持ち、事業の遂行に必要な費用であることが否定されることはないはずです。

そして、弁護士登録をしなければ個人事業としての弁護士業を行うことができないのと同様に、法律事務所に所属しなければ個人事業としての弁護士業を行うことはできない訳ですから、所属する法律事務所との契約において、個人事業としての弁護士業を行う場合に支払わなければならないこととされている「事務経費分担金」というのは、仮に、その算定方法の中に個人事業としての弁護士業と直接に関係のない要素が含まれていたとしても、個人事業としての弁護士業と直接の関係を持ち、その事業の遂行上必要な費用に該当するのではないかと思います。

なお、給与所得と事業所得がある場合、給与所得控除と事業所得の必要経費の算入の両方が認められるので、いずれか一方のみである場合と比べて所得が過少になりがちという問題はあって、もしかすると、それ加えて給与所得である社外役員報酬の一定割合を必要経費に算入するのは怪しからん、という価値判断が判断に影響した可能性もあるのですが、それは全く別の問題のはずですからね。

この事案については税額がそれほど大きくない可能性はありますが、弁護士業界的には影響は大きそうなので、是非、訴訟で争ってもらいたいですね。

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