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非公表裁決/上場廃止の回避のために市場価格より10%以上ディスカウントして行われた第三者割当増資は「有利な金額」によるものか?

債務超過に陥った上場企業が、上場廃止を回避するために、筆頭株主(個人)を割当先として市場価格から大幅にディスカウントした価格で第三者割当増資を行った場合に、当該筆頭株主に対する有利発行課税がなさるべきかが争われた事案に関する裁決例です。

裁決書では発行法人等がマスキングされているのですが、記載されている事実からすると、問題となったのは、平成25年7月にアルデプロが行った第三者割当増資のようですね。

裁決書とアルデプロのプレスリリースを基に事実関係を整理すると以下のとおりとなります。

①東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場しているアルデプロは、平成24年7月期に44億69百万円の当期純損失を計上したことにより、同事業年度末において43億44百万円の債務超過となった。これを受けて、東京証券取引所は、アルデプロの株式を上場廃止の猶予期間入り銘柄に指定した。
②アルデプロは、上場廃止を回避するため、金融機関と協議をして約38億円の債務免除を受けたが、平成25年7月期の第3四半期末においても、なお8億28百万円の債務超過であった。
③アルデプロは、平成25年7月3日開催の取締役会において、同社の元代表者であり、普通株式の約25%を保有する筆頭株主である請求人を引受人として、普通株式8,955,224株を1株当たり134円で発行する旨の第三者割当増資を行うことを決議した。この第三者割当増資における1株当たりの発行価額(134円)は、取締役会決議日の直前営業日である平成25年7月2日の終値(389円)に対して65.556.33%のディスカウント、直前営業日の前1か月間の終値の単純平均値(398.95円)に対して66.41%、直前営業日の前3か月間の終値の単純平均値(414.85円)に対して67.70%のディスカウントを行った金額であった。
④上記の第三者割当増資を行うに先立ち、アルデプロから発行価額の公正性を検討するための株式価値算定の依頼を受けた東京フィナンシャルアドバイザーズは、A社の株式価値について、市場価値法による算定価格(252.61円~470.62円)とDCF法による算定価格(16.21円)を単純平均した134.41円~243.41円と算定していた。
⑤アルデプロの平成25年7月31日開催の臨時株主総会において、請求人に対する第三者割当増資を行う旨が承認可決された。なお、平成25年7月31日のアルデプロ株式の終値は414円であった。
⑥原処分庁は、上記の第三者割当増資により請求人に与えられたアルデプロの普通株式を取得する権利が、所得税法施行令(平成28年政令184号による改正前のもの)84条5号に規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」に該当し、上記の第三者割当増資における1株あたりの発行価額(134円)とその払込期日の終値(414円)の差額に発行株式数(8,955,224株)を乗じた金額が、一時所得に係る総収入金額に算入されるべきであるとして、請求人の平成25年分の所得税の更正処分等を行った。

請求人は、当時の発行会社(アルデプロ)の状況からすれば、資金提供者が市場価格による株式の引受をするのは現実的ではなく、大幅なディスカウントをした価格で第三者割当増資をしたことはやむを得なかったなどと主張したのですが、審判所は、以下のように、当該第三者割当増資により請求人に与えられた権利は「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」(所令84条五)であると判断しました。

イ 法令解釈
(イ) 所得税法施行令第84条第5号は、別紙の2のとおり、発行法人から株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利を与えられた場合、所得税法第36条第2項に規定する経済的な利益の価額は、当該権利に基づく払込日における価額から払い込むべき額を控除した金額による旨規定している。
この点に関して、所得税基本通達23~35共-ー7は、別紙の3の(1)のとおり、①所得税法施行令第84条第5号に規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合」とは、その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況におけるその発行法人の株式の価額に比して社会通念上相当と認められる価額を下る金額である場合をいうものとする旨、②社会通念上相当と認められる価額を下る金額であるかどうかは、当該株式の価額と当該株式と引換えに払い込むべき額との差額が当該株式の価額のおおむね10%相当額以上であるかどうかにより判定する旨、③株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況における株式の価額とは、決定日の価額のみをいうのではなく、決定日前1か月間の平均株価等、当該株式と引換えに払い込むべき額を決定するための基礎として相当と認められる価額をいう旨定めている。
そして、「株式と引換えに払い込むべき金額が有利な金額である場合」に当たるか否かについては、上場株式の場合、株式市場における株価は日々変動するものであり、また、日本証券業協会の「第三者割当増資の取扱いに関する指針」では、払込金額は、直近日又は直前日までの価額又は売買高の状況等を勘案し、株式の発行に係る取締役会決議の日から払込金額を決定するために適当な期間(最長6か月)を遡った日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額とすることができるとされ、実務上広く定着していることを勘案すると、一定期間の市場における平均株価と払い込むべき額との差額が当該平均株価の10%相当額以上であるかどうかにより判定することには、合理性が認められる。
また、同通達が「株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況における株式の価額とは、決定日の価額のみをいうのではなく、決定日前1月間の平均株価等、当該株式と引換えに払い込むべき額を決定するための基礎として相当と認められる価額」と定めているのは、時価との比較による経済的利益の供与を課税するに当たり、株価に異常性の要素が加味されている場合があることを勘案して、払込日のみの価額を比較する時価とするのではなく、平均株価など基礎となるべき金額として相当な金額によることを定めたのであり、当該取扱いについても合理的なものと認められる。
以上のとおり、同通達の取扱いについては、いずれも当審判所において相当であると認められる。
(ロ) 以上のことから、発行会社から取得した株式を取得する権利が払い込むべき額を決定する日の現況における発行法人の株式の価額(同日前1か月間の平均株価を含む。)と払い込むべき額を比較して10%以上の差額がある場合には、所得税法施行令第84条第5号に規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合」に該当する。
ロ 当てはめ
(イ) 上記1の(3)のリの(イ)のCのとおり、本件契約書の別紙において、募集株式の払込金額が1株につき【134円】とされ、また、同(ホ)のとおり、本件契約書の第4条において、本件株式発行及び請求人による募集株式の引受けの条件として、【A社】の臨時株主総会において本件株式発行の議案が承認されていることが必要とされているところ、上記1の(3)のワのとおり、【平成25年7月31日】に臨時株主総会が開催されて、本件株式発行の議案が承認されている。
そうすると、臨時株主総会が開催され本件株式発行の議案が承認された【平成25年7月31日】において、本件株式発行が可能となり、また、本件株式の取得に係る払込金額が1株につき【134円】と決定されたものと認められる。
したがって、本件株式発行に係る「その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日」は、【平成25年7月31日】とするのが相当である。
(ロ) そして、上記(イ)のとおり、「その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日」は、【平成25年7月31日】であり、上記(1)のニのとおり、同日の【A社株式】の終値は■■円、同日前の1か月間・・・の終値の平均値は■■円となり、いずれにおいても当該株式と引換えに払い込むべき額【134円】との差額は、各判定価額の10%相当額以上であるため、本件権利は、所得税法施行令第84条第5号に規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」に該当することとなる。
ハ 請求人の主張について
(イ) 請求人は、上記3の(2)の「請求人」欄のロ及びハのとおり、会社法上の「特に有利な金額」について判決では、株式の公正な価額に比べて特に低い金額とされ、公正な価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格のみならず、会社の資産状態、収益状態及び株式市況の動向等の諸事情を総合判断するとされていることを踏まえ、所得税法施行令第84条第5号が規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」に該当するかの判断においても、上記会社法上の有利発行に関する考え方と整合的に理解される必要があるとした上、原処分庁が、本件権利について、上記有利な金額である場合における当該株式を取得する権利に該当するものと判断したのは、【A社】の一つ企業としての客観的価値を反映していない旨主張する。
しかしながら、会社法においては、専ら既存株主の利益保護の槻点から、募集株式の払込金額が「特に有利な金額」である場合には、株主総会の特別決議が必要となるほか、募集に係る新株発行が著しく不公正な方法で行われる場合等の違法とされる場合に、効力発生前の新株発行等の差止め、効力発行後の無効、不公正な払込金額で株式を引き受けた者等の民事責任の規定があるのに対し、所得税法においては、株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合に、当該株式を取得する権利に、担税力を増加させる経済的な利得が発生していることに着目し、その利得を課税の対象とする規定であって、会社法と所得税法とでは、おのずとその目的や趣旨、法的効果等に相違がある。
したがって、株式が有利な金額で発行される場面において、会社法と所得税法とで合一ー的に解釈しなければならない理由はない。また、課税の公平な負担を実現するためには、別紙の3の各通達を定型的に適用すべきであるから、上記有利な金額に該当するかの判断において、上場株式の場合、上場会社に関する一定の個別具体的な事情を捨象し、株式市場における株価に基づき定型的、客観的に評価することは、所得税法上、担税力を増加させる経済的利益を的確に評価することとなるから、課税の公平性を確保する上で合理性が認められる。
したがって、請求人の主張には理由がない。
(ロ) 請求人は、上記3 の(2)の「請求人」欄のニのとおり、本件の【A社】のような上場企業の事業再生の局面において、「スポンサー(資金提供者)」が市場価格による株式の引受けをするのは現実的ではないとした上、本件において、独立した当事者間で形成された引受価額(払込金額【134円】は、発行当時の種々の事情を踏まえた合理的な金額である旨主張する。
しかしながら、上記イの(ロ)のとおり、所得税法施行令第84条第5項の「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合」とは、払い込むべき額を決定する日の現況における発行法人の株式の価額と払い込むべき額を比較して10%以上の開差がある場合であり、本件において、所得税法施行令第84条第5項の「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合」に該当することは上記ロのとおりである。
そして、請求人が主張するスポンサーが市場価格による株式の引受けをするのは現実的ではないことや独立した当事者間で形成された引受価額は、発行当時の種々の事情を踏まえた合理的な金額であることは、発行法人における引受価額の算定においての事情であって、所得税法施行令第84条第5項の「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額」の判断において考慮されるものではない。
したがって、請求人の主張には理由がない。

第三者割当増資の引受人に対する有利発行課税をすべきかどうかについて、通達(所基通23~35共-7、法基通2-3-7)では、その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況におけるその発行法人の株式の価額と当該株式と引換えに払い込むべき額との差額が当該株式の価額のおおむね10%相当額以上であるかどうかにより判定すると定められていますので、この裁決は、そのような通達どおりの判断をしたに過ぎないともいえますが、個人的には疑問があります。

特に、「上記有利な金額に該当するかの判断において、上場株式の場合、上場会社に関する一定の個別具体的な事情を捨象し、株式市場における株価に基づき定型的、客観的に評価することは、所得税法上、担税力を増加させる経済的利益を的確に評価することとなるから、課税の公平性を確保する上で合理性が認められる。」と判断していることや、「請求人が主張するスポンサーが市場価格による株式の引受けをするのは現実的ではないことや独立した当事者間で形成された引受価額は、発行当時の種々の事情を踏まえた合理的な金額であることは、発行法人における引受価額の算定においての事情であって、所得税法施行令第84条第5項の『株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額』の判断において考慮されるものではない。」と判断をしていることは問題があると思います。

というのも、そのような判断によると、市場価格から大幅なディスカウントをした価格で第三者割当増資がなされた場合には、常に割当先に対して有利発行課税がなされるべきことになるはずですが、そうすると、経営状況等が著しく悪化した上場企業が資金調達をすることが困難となりかねないからです。

実際にも、経営状況等が著しく悪化した上場企業が資金調達のために市場価格から大幅なディスカウントをした価格で第三者割当増資をすることは珍しくなく、ざっと調べただけでも、以下のような第三者割当増資がされているのですが、そのような第三者割当増資が行われた場合でも、割当先に有利発行課税がされている訳ではないはずです(有利発行課税がされるとすると、そのような第三者割当増資の割当を受ける者はいなくなってしまうはずです。)。

*ルネサスエレクトロニクス㈱:「第三者割当により発行される株式の募集並びに主要株主、主要株主である筆頭株主、親会社及びその他の関係会社の異動に関するお知らせ」
*パイオニア㈱:「第三者割当による新株式発行(現物出資(デット・エクイティ・スワップ)および金銭出資)および定款の一部変更、株式併合および単元株式数の定めの廃止ならびに親会社および主要株主である筆頭株主の異動についてのお知らせ
*ワタベウェディング㈱:「第三者割当による新株式発行及び定款の一部変更、株式併合及び単元株式数の定めの廃止 並びに親会社、主要株主、主要株主である筆頭株主及びその他の関係会社の異動 についてのお知らせ
*㈱多摩川ホールディングス:「第三者割当による新株式の発行(金銭出資及びデット・エクイティ・スワップ)及び新株予約権の発行に関するお知らせ
*㈱海帆:「第三者割当による新株式発行、第4回新株予約権の発行及び親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ
*21LADY㈱:「第三者割当による新株式の発行及び第6回新株予約権の発行に関するお知らせ
*サンデンホールディングス㈱:「第三者割当による新株式の発行及び新株式発行に係る発行登録、定款の一部変更並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ

解釈論としても、経営状況や資産状態が著しく悪化した上場会社が、第三者割当増資によって資金調達を行おうとする場合には、市場価格から10%程度のディスカウントをしただけでは引受人を見つけることが難しいことがあるはずであり、そのような場合に独立した当事者間の真摯な交渉によって発行価格が合理的に決定されているのであれば、その発行価格が市場価格から10%以上のディスカウントをしたものであったとしても、「社会通念上相当と認められる価額」(所基通23~35共-7、法基通2-3-7)であると認められるべきではないかと考えられます。

この事案では、割当先が元代表者かつ筆頭株主であったということですので、上記のような解釈によっても、独立した当事者間の真摯な交渉によって発行価格が合理的に決定されているとは認められず、有利発行課税をすべきということになるのかもしれませんが、上記のような判断が残ってしまうのは如何なものかと思いますので、請求人には訴訟で争ってもらいたいところです。

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