見出し画像

最近読んだ漫画の話(7) 須藤佑実『夢の端々』

この記事を書き始めたちょうどその前日、「この漫画がすごい2021」が発表されました。自分も好きな『チェンソーマン』が1位を獲得など、好きな漫画が評価されている様を見るのはそれはそれで楽しいのですが、年々こうしたランキングがマスによるマスのためのものとなっていくことに、違和感を感じています。売れるものだけが売れて、そうでないものはなかなか注目されない、みたいな世界。

実際、Amazonはかつてはロングテールなんてみんなが呼んでた小口でしか出ないたくさんの品物を切り捨てて、マーケットプレイス任せにするという楽天化が進行してるわけです。そしてふと雑誌を見てみたら、マンガ一本で暮らしていけてないだろうなと思われる作家さんが結構たくさんいたりして、厳しい世界というけどちょっと無理ゲーになってませんか、という現状が広がっている。アニメ化作品の作者でもpixivFanboxやってたりしててね。マンガアプリが盛んに宣伝してるけれど、それもランキング上位ばかりが読まれてるみたいだし、最近知ったんですが、進撃の巨人最新話が単話で買えるとか、雑誌の自殺行為にも思えてて新人はどこで育てばいいの、と……

この須藤佑実『夢の端々』もそうしたマスセールスから離れたところにある作品。でも、この作品は私の心を抉った、宝石のように輝くもの。だから感想を書いてみます。批評じゃないです、感想ですよ。

対になっている表紙がいいですね。Amazonの商品紹介を引用しましょう。

「結婚することになっちゃったけど私のこと見捨てないで」
心中未遂後の70年ーー。時代に許されなかった女性同士の恋と人生を、 令和から戦後まで遡って辿るドラマチック一代記!

伊藤貴代子、85歳。 認知症で家族の顔さえわからなくなる日々の中、突然訪ねてきたのは、 忘れるはずもないかつての恋人・園田ミツだったーー。
貴代子とミツは、戦後の女学校時代に 心中を図った恋人同士だった。 心中が失敗しても恋愛関係は続いたが、 貴代子は28歳で見合い結婚を決めてしまう。 ミツは傷つくも、貴代子の悲壮な理由を知り、 婚前最後の旅行を提案するがーー?

この紹介文から受ける印象は、戦前戦後を跨いだ愛し合う女学生たちの生涯を描いた百合、あるいは時代に翻弄された女たちのフェミニズムの物語? そんな言葉で言い表せるなら、まぁこの文章も書こうと思わなかったでしょうし、実際に読んだら皆さんももっと複雑な物語を読み取れることでしょう。以下はネタバレを含む私の感想です。作品が気になる方は読まないように。警告しましたよ? いいですか?

まずこの物語は、85歳の主人公・貴代子の下にかつての「友人」ミツが訪ねてくるところから始まり、1話ごとにより古い過去を描くと言う、かなり斬新な手法で話が進みます。さながらミステリのように、あの時のあれはどういうことだったのかというのが、より古い過去の話を見ることで解き明かされていきますが、タイトル『夢の端々』(80年代の音楽ユニット「ゲルニカ」の曲からの借用でしょうか?)から想起するのは、この物語は夢とも過去の記憶ともつかない認知症の貴代子の譫妄でしょうか。この徐々に過去に遡るという形式は、一方で私たちの時代から徐々に遠ざかることで見えなかったものが見えてくるという役割を果たします。そのひとつが、女性の置かれる立場の違いでしょう。

読者は2人の人生を遡って追体験していくのですが、その過程で2人はただの友人ではなく、かつては恋愛関係にあったことが分かります。しかし、2人の関係性は少しずつ変っていったのです。そのひとつが、貴代子の結婚です。結婚すると決まったからには最後に想いを遂げたいとミツは貴代子を旅行に誘い出しますが、性行為に及ぼうとするも結局頓挫してしまい、一度二人の関係は断絶します。これらの過去描写からは、ミツの強い思いや意志が行動によく出ているのですが、どこか貴代子の内面は読者にはわかりづらい。例えば、大学時代の友人と一緒に暮らすミツのもとを訪ねて大胆にもキスをしてみせるのに、望めば一緒になることもできたかもしれない、そんなタイミングが何回かあったにもかかわらず、それがなぜかできなかった。そしてその深い悔恨だけがえぐるように読者の胸を突き刺してくるのです。

貴代子の絶望の源を見つけるのは、なかなか難しいことかもしれません。なぜかそうなってしまった、本人の思うようにいかないそのさまを、貴代子は「また失敗した」と言うのだけれど、おそらく女性の読者には違う見方ができるのではないかと思います。それは、女性が社会の中で果たす役割を決めつけられているがゆえに、自分の場所を見つけられずにスポイルされる人がいたのだということです。

本当に最後のほうになって、女学校時代、貴代子が本当は容姿端麗な人気者で明朗な性格だったことが分かります。しかし、心中を図って生き残って以降、貴代子は世の中をうまく渡ることができなかった。仕事をする女性として生きていこうとしても、貴代子は「誰にでもできる簡単なことをいまだに失敗してしまう」。それが原因で社会での居場所と自分の自尊心を失い、結婚へとなびいてしまう。それも、「傷もの」だから試しておきたいという理由で婚約者に婚前交渉をするような浮気者が夫で、形だけのぞんざいな結婚生活を送ることになるのです。しかし、貴代子は本当に仕事ができない人だったのでしょうか? 家事や子育てができて、簡単な仕事ができないことがあるでしょうか? 私はそうは思わない。社会の中で女性が働くことへの偏見や障害が、様々な引け目が、一種の対人恐怖症的に彼女を徐々に蝕んでいったのではないかと思います。

一方でミツは貴代子とは逆に、社会の中に仕事という立ち位置を見つけ、時にアクティブに貴代子に迫ります。ところが学生時代のミツはといえば、本ばっかり読んで他の学生と関わろうとしない、陰気なキャラクターとして描かれます。それが、中学卒業とともに嫁がされることが原因だということが、貴代子によって明かされます。貴代子はミツの結婚のことを聞いてこう言います。

私は嫌いよ そのお婿さん
卒業したばかりのみっちゃんを家に縫い付けるような男なんて
若葉を食い漁る獣も同然だわ
(第8話より)

おそらく、ミツがのちの人生を思うように生きられたのは、この時の貴代子の言葉がきっかけだったのでしょう。その後の2人は心中という道を選びますが、貴代子はこう言います。

この体はいつも誰かのものなんだわ
お国のものだったり 親のものだったり やがては夫の物 家の物
でも本当はこの体も心も自分だけのもののはずだわ
誰かに傷つけられるんじゃなくてどう傷つくかを自分で決めたい
だから一番幸福な時期に死ぬことにしたの
(第9話より)

このセリフは実はもっと未来、読者にとっては前に読んだページで、パラフレーズされていて、「自分の居場所は自分で作るって決めたの」と言い、会社を作ろうと決意するミツは、本当に自分の居場所を作ったことを読者は知っています。だからこそここの貴代子のセリフは、未来の彼女からは伺い知れない強い意志が現れ、心中後の2人に現れた取材記者の言う、「2人の性質が入れ替わった」かのような印象はここで補強されます。

この2人の性質の入れ替わりは、心中で睡眠薬を飲んで見た夢の中に象徴的な形で現れます。それは本来、ミツが受けていただろう陰口や誹謗中傷が、まるで自分のことのように言われている悪夢。目が覚めた後、死にきれなかった貴代子は先に起きていたミツに「死にたくないけど生きるのもいや」と自分の将来への悲観を述べ、そしてそれが残酷にも未来の貴代子に当てはまっているのです。あらかじめ実現することが分かっている悲観、これが本当に自分には辛くて胸に突き刺さるところでした。

その後、生きることを諦念する貴代子にミツは、貴代子が生きていることが自分が生きる理由になる、2人で生きる未来もある、と言って生涯の愛を誓います。この作品で最も美しいシーンでしょう。そして山を下りて生きていくことを二人は選びます。貴代子は、どうしてそこまで、とミツに尋ねます。しかし、ミツがその答えを言おうとしたとき、二人は崖から滑落してしまい、その答えを貴代子も読者も聞くことはできないのです。ミツがなんと言おうとしていたのかは、この作品の最大の謎でしょう。

果たしてミツはなぜそこまで貴代子を思うのでしょうか。遭難して凍傷で小指の先を切断した貴代子の後を追うように、自ら小指を切断するほどの思いはいったいどこから来たのでしょうか?

私はそれは、先に挙げた貴代子の言葉だったと思います。漫然と親や周囲の進めるがままに結婚させられることを、どこかで納得できないながらも仕方なく受け入れていたミツ。その彼女の心を開き、抵抗する心を植え付けたのは、まだ10代半ばのミツを娶ろうという婿を「若葉を食い漁る獣も同然」と切り捨ててみせた貴代子の言葉。そして、そんな女性の置かれた現状に抗う術として共に心中しようと誘った貴代子の行動、それこそが、彼女に未来への希望を与え「次は一生をかける」と言わせたものだったのではないでしょうか。

しかし、残酷なのは貴代子はミツに力を与えながらも、以降の人生は他人のものとして生きていくしかなかったことです。その救いのなさがいつまでも私の心に深く残るのです。唯一の救い、それは大事なミツすら忘れてしまうことに苦しむ貴代子へ、ミツが言った言葉「一番最後に残るのはきっと私との思い出よ そう思わない? そうだとしたら これ以上に無い栄誉だわ」(第1話)。この言葉の通り、最終話では貴代子は譫妄の中、ミツを思い出しながら、おそらくは生涯を終えたであろうことが示唆されます。もう起き上がれない貴代子を、ミツが引き上げるこのコマに救われた思いがします。

著者・須藤佑実は2012年の小学館新人コミック大賞に入選してデビュー(おそらく)。単著はまだ4巻ほどと多くなく、フィール・ヤングなどを中心に短編を書いている。願わくは末永く心の中に輝く宝石のような作品を書き続けてくれますように。すべて買いますので。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?