最近読んだ漫画の話(8)『葬送のフリーレン』

ここ半年ぐらいの『フリーレン』が本当にすごい。セリフの一つ一つに読者が読み解きたくなる深みがあって、他のファンタジー物がストーリーやチートを読ませるのとは一線を画している。

『葬送のフリーレン』は、かつて魔王を倒した勇者パーティの魔術師だったフリーレンというエルフが、1000年以上生きる長命ゆえに知ろうとしなかった短命な人間たちの感情や生き様を知ろうとする物語だ。エルフという人間とは異なる価値観の種族の視点で、読者は客観的に自分たちのことを見つめ直しているかのような気持ちになる。バトルシーンも多いが、基本はしみじみした話が中心で、ファンタジーならではのお決まりがわからなくても面白く読めるのではないかと思う。

そしてここ半年ぐらいの展開なのだが、なんとここに敵である魔族の視点が加わるのである。「黄金郷のマハト」という魔王配下のなかでも屈指の力を持ち、なんでも黄金(でも実際は砕くこともできない塊)に変化させる能力を持つがゆえに危険視され、ずっと封じ込められてきたという設定のキャラクターを中心とした話だ。以下ネタバレありなので読後にどうぞ。

この漫画では、魔族には人を殺して食べるためにあらゆる手段をとる本能が備わっているがゆえ、悪意という感情を感じることがない設定になっている。マハトも他の魔族と同様、人を殺すことに全くためらいがなかったのだが、ある時、死にかけの司祭から魔族が罪悪感を理解できないことを憐れまれ、その感情について興味を持つ。罪悪感を知るためにあらゆる悪行を重ねるのだが、ある時偶然知り合った人間の「悪行」に手を貸すことでその罪悪感が何たるかを知ろうとする。

その人間はグリュックという貴族で、政争のためにマハトに裏の仕事を請け負ってもらい、あらゆる悪行を裏で重ね領主にのし上がる。マハトはその過程でグリュックの部下となり、忠実な人間の友として、都市ヴァイゼの一員として人間と共存する。2人はいわば共犯者として奇妙な関係を築くが、しかしマハトはある時見切りをつけ、グリュックともども都市丸ごとを黄金化してしまい、その能力の危険性から魔法使いによって都市とともに結界に封印される。フリーレンたちはその結界が破られたことで、マハトと戦うことになる。

人間を知ろうと人間と生活を共にし、自ら支配下に収まったマハトと対照をなすのが、ソリテールという単独行動をする魔族だ。ソリテールもまた人間に興味を持つのだが、それはいわば観察対象としてのものであり、人間と魔族は全く別のものだと結論付け、マハトに味方するも相いれない。この2人の違いが、人間とは異なる魔族の視点とはどういうものなのかを読者に提示している。

詳細は割愛するが、フリーレンたちはマハトとソリテールと戦い、最終的に勝利する。最新103話では死の間際にいるマハトが、黄金から元に戻った都市ヴァイゼをさまよいこれまでを回顧する話なのだが、ここがこの章の一番の見どころだろう。都市の民たちは自分たちが黄金に変えられていたことにすら気づかず、自分たちの「仲間」であるマハトが怪我をしていることを心配する様子はまるで過去に戻ったかのようだ。死の間際で都市の中を逃げまどいながら、マハトは様々な韜晦にふけるのだが、「報いを受けるためなら」「死んでもいいと思っていた」というその言葉の数々こそが、まさに人間が感じる罪悪感そのものなのではないかと思うのだが、やはりマハトはそれが理解できず、かつての領主・グリュックと再会しても「何もわからなかった」と言うのだ。懺悔ともいえるほど求め続けて、すでにそこにたどり着いているのに、実感として感じることができないのだ。何たる皮肉だろう。そしてしばしの会話をした後、グリュックから惜しまれつつも彼の命令でマハトはとどめを刺される。マハトとグリュックのセリフに深い含蓄があり、また読者視点から見た解釈の余地が大きくあることから、サンデーうぇぶりのコメント欄が結構な賑わいになっていた。(ちなみに私は、マハトの最後の言葉「近づけばこの男を殺す」は向かうところ敵なしのマハトが言うはずのない言葉だったから、グリュックは本当にマハトが死ぬことを悟ったのだと思っている)

アニメ化発表で俄かに注目を浴びている『フリーレン』だが、連載当初から評価は高く、週刊少年サンデーを立て直すまでを語った編集長インタビューでも絶賛されていた。いまやファンタジー物はどの漫画雑誌にも大体あるが、『フリーレン』にはどこか退廃的な雰囲気が漂い、衰退し高齢化する日本の様子とどこか重なるところがあり、他のファンタジー作品にない気だるさやノスタルジー、悔恨や小さな希望や理想、つまり私たちの日常にありふれたものが描かれている。フィクションとして楽しめるだけでなく、現実の写し鏡としても読めるあたりが玄人人気のあるところだろう。

ちなみに大体どの雑誌でもあるジャンルといえば、ファンタジー以外にも実は時代劇(というか歴史もの?チャンバラ?)があるのだが、自分としてはなぜ人気があるのか(あるの?)よくわからない。ほんとジャンプでもあるから不思議。マハトは罪悪感がわからなかったが、私は時代劇漫画の人気がわからないようだ。

黄金郷編はコミックス9巻から。連載は週刊少年サンデーおよびサンデーうぇぶりにて。


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