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オリンピック(ランダムワード小説)

はじめてコンサートホールに行ったとき、観客として楽しむのではなく、そのステージに立ちたい、そして煌々とスポットライトに照らされて、真っ暗な観客席を見下ろしたいと思った。ピアノも1年で挫折し、音楽の成績も並、カラオケだって人並みにしか歌えないのに。
それと同じように、私はオリンピックについてもそう思ってしまった。
コロナで1年遅れて開催された東京オリンピック。様々な競技で輝くアスリートたちを連日浴びるように観ていたら、いずれ自分自身もそうやって記録と記憶に残ることができるのではないかと思うようになってしまったのだ。
とはいえ、音楽と同じように、いやそれ以上に、私は運動が苦手だった。体育は2だったし、リレーの選手に選ばれたこともなければ、走りたいと思ったことすらなかった。
じゃあ、どうするのさ?
母親にそう問われた。きょうだいも気のおけない友人もいないので、母親にそのことを伝えたのだ。母親はうんざりするようなリアリストで、サンタクロースさえ我が家には来なかったくらいだ。
一番楽そうな競技って何かな?
私が恐る恐る問いかけると、オリンピック特集の新聞を観ながら、ライフル射撃とか?とピクトグラムを指さした。
こんなEテレかBSでしかやらない競技か。そもそもこれってスポーツ?アスリート?って失礼千万な私はそうぼやいて、子ども部屋にこもった。中1になっても親に服を買ってきてもらうような私でも、ライフル射撃ならオリンピックに出られるのだろうか。肌着のタグがチクチクするのが嫌でわざわざ新しい服を買うたびにハサミで切っている私でも、天王寺動物園で迷子になる夢を年に一度は見るような私でも。どうせメダルを取っても、すぐにみんな忘れてしまう。そんなことを考えながら布団に潜ると涙が出てきた。
オリンピックは4年に一度。私はこんなこと、4年に一度考えるのだろうか。

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