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《死者たちの宴》3‐1. 不浄の呪い



‼️注意‼️

 以下の文章はD&Dシナリオ、CM2 ーDeath's Ride(邦題『死者たちの宴』)を遊んだ時のレポートです。完全にネタバレしていると思われますので、これから遊ぶ方はご注意ください。

悪霊

 飛び出してきた幽鬼の群を目の当たりにした瞬間、ドーンの身体が強張った。

 「おぬしらは……。そうか、さぞかし……さぞかし無念だったろう……」

 まだ生々しい血に濡れた皮鎧を纏い、汚れてはいても錆びてはいない剣を手にしたその姿は――生気はすっかり失われ、瞳は眼前の生者の血肉を渇望するように赤く濁っているものの――まぎれもなく、ほんの数日、あるいは数刻前までこの城を守っていた兵士たちのものである。彼らは戦いに敗れ、オルクスの手下どもに生気を奪いつくされて幽鬼に堕とされたのだ。

 「安心するがいい、今、私がこの手でその不浄の命をはぎ取り、安息に導いて……」

 言い終えられずに再びドーンは息を飲んだ。

 幽鬼の群に守られるように、扉からゆっくりと歩み出してきた一人の戦士。その姿は、私の“視点”が薄闇に閉ざされた広間で目にしていたものだ。幽鬼に囲まれながらも確かに呼吸していた、この城の城主と思しき男ーー今もその胸が上下しているのが見える。
 しかし彼は鎧の面頬を下ろし、呼びかけるドーンの声に返事をする様子もない。

 「操られて――いや、不浄の魂に憑依されているようじゃな」

 低く、私はそう言った。
 目を凝らせば、城主の身体の周囲をうっすらと、忌まわしく青光りする炎が取り巻いているのが見えるのだ。

 「よし、お前はあの男を倒せ、ただし殺すな」
 「そりゃ難しい注文だな、俺の”見えざる刃”はそこまで器用じゃねえんだ、いったんぶっ殺すってので何とかならねえか」
 「ならん」

 軽口のようだが、ドーンと“三つ目”の声音はびりびりと張り詰めている。”城主”はこの二人に任せておくのがよいだろう。

 「マルテル、何があった、おぬし、生きているのか? 生きているなら答えよ!」
 ドーンが再度叫ぶ。が、”城主”はその声を聞いた様子もなく、ゆっくりと大剣の柄に手をかけ、抜き放つ。
 その瞬間、私の背後で”三つ目”の儀式刀が空を切った。

 「そうか、だったらこっちから行くぜ、ぶっ殺さねえ程度にな……!
 いいか、この程度で死ぬんじゃねえぞ、城主ともあろうものが!」

 “三つ目”の“見えざる刃”が踊る。一撃、二撃……まだ倒れぬと見て“三つ目”はさらに儀式刀を振るう。マルテルの身体を大きく揺らいだかに見えたが、いや、まだだ。

 ――やむなし。
 ドーンが呟き、剣を構える。剣に白光が宿る。
 「マルテル、ならば、私もおぬしを斬らねばならぬ。死ぬなよ」

 私は私の仕事をしよう。
 私は数歩進み、敵との距離を見極め、ドーンの背後に立った。それから聖印を掲げ、ジャーガルの聖句を声高に唱える。聖句の力は押し寄せてきていた幽鬼どもをーー幽鬼どもだけを、すっかり包み込んだ。聖印と聖句の威光に撃たれ恐れをなした幽鬼の群は、守るべき“城主”をその場に残し、我先に塔の中に逃げ込んでゆく。

 幽鬼の群が1体残らず塔の奥の壁に張り付き、身動きがとれなくなったのを見定めてから視線を移せば、ちょうど振り下ろされた“城主”の大剣を、ドーンの剣が鈍い音を立てて受け止めたところ。

 「マルテル、何があった、何故このようなことを!」
 「この場で斃れる貴様らに、答えることなど何もない」

 嗄れ掠れた声。
 
 ――やむなし。
 再び、苦し気にドーンが呟いた。
 “三つ目”の幻の斬撃がなおも城主を切り刻む。今度こそ本当にたたらを踏んだ城主の大剣ごと、ドーンは剣を跳ね上げ、そのまま振り下ろす。その一撃が勝敗を決した。

 城主が倒れると、案の定、その身体から不浄の気が湧き上がった。そして歪んだ人型に形を成す。

 ーーおのれ。だが、我に、さらに逞しい戦士の肉体がもたらされたと思えば……

 禍々しく青光る顔のようなものが、にやりと笑ったかに見えた。
 ドーンに向かってゆらめく手が伸びる。

 それだけは防がねばならぬ。全員で持てる技を叩き込み、瞬時にその不浄の霊を地獄に送り返した。  
 「貴様のような邪霊が、我が肉体に憑依するなど、有り得ぬ!」
 剣を大きく薙ぎ払いつつドーンが叫んだ瞬間、悪霊は消え去ったのである。

若き隊長

 それから、塔の奥の壁に張り付くようにして動けなくなっている“元城兵”たちから、幽鬼の汚らわしき“負の生命力”をひとつ残らず剥がし取り、亡き魂を弔った。
 その後は、意識を失って倒れている“城主”の手当てである。

 倒れた身体から、顔を隠す兜を外したとたん、ドーンが意外そうな声をあげた。
 「なんと、アルマンドではないか」
 そういえばこの男、マルテルにしては今ひとつ恰幅が足りない気がしていたのだ、やはり別人だったのかなどと、今更とんでもないことを言い出す。
 
 ドーンによれば、マルテルの鎧を着込んでいたのはアルマンド・アレクサス、この城の練兵隊長だという。城主マルテルの隠し子であるという噂もあるーーその真偽はともかく、マルテルをよく知るドーンが兜を外すまで気づかなかったという程度には、背格好や声、立ち居振る舞いが似ているのだろう。

 かざしたドーンの掌が淡い光を帯び、その光がアルマンドの身体に吸い込まれてゆくと、すぐにアルマンドは身じろぎして目を開け、そして「あ、ドーン様!」と言って身体を起こそうとした。

 慌てるな、おぬしは悪霊に取り憑かれており、致し方なく斬った。操られたおぬしに対しての手加減は、こちらの命取りであったゆえ、深傷を負わせた。許せ、そして無理をするでない。
 我ら一行、この城を解放しに王城から遣わされてきた。少々遅かったようだが……何が起きたか教えてくれぬか。

 ドーンが問うと、アルマンドは身を横たえたまま深いため息をつき、そして聞くもおぞましい経緯を語り始めたのだった。

 曰く。

 怪しい雲が垂れ込めるようになったので、何か尋常ならざることが起きているのだろうと思い、警戒を怠らないようにはしていた。
 はたして蠍人間とオーガどもの軍勢が押し寄せてきたので、討ち返すべく守りを固めたが、壁から幽鬼や悪霊の類が湧き出してくるに及んでは、ひとたまりもなかった。城の住人の多くは戦死し、その亡骸の多くは不浄の霊に取り憑かれて敵方の手のものと化した。

 あまりに急なことであり、また城の壁から不浄の霊が湧いてくるようでは、もはや城は守りを固められる場所ですらない。まずはこの魔窟と化した場所を脱出せねばならぬ。善後策を考えるのはその後だ。

 軍議はそのように論を結した。トーム神官ジャレドは城の生き残りをまとめ、蠍人間やオーガどもの跋扈する中庭を突破、正面の城門を内側から破り、逃れ出ていった。

 「マルテル閣下は、自分は最期まで城を守るとおっしゃいました。ですから、私はお諌め申し上げたのです。この状態ですべての悪霊どもを打ち払う算段をお持ちかと。そうでないのなら、城を一時明け渡してでもお命を保たれ、軍勢を整えて不浄なるものどもを討ち払うことこそ城主の務めではないのかと」

 城主マルテル・ファロはアルマンドの諫言を聞き入れ、アルマンドに自身の武具を託して影武者役を任せた。そして飛行の秘薬を飲み下し、中空から城外に逃げのびたのだという。

 「よく話してくれた、また、よくぞマルテルの命を繋いでくれた、礼を言う」 

 ドーンは若き練兵隊長の手を取り、涙を流さんばかりの声でそう告げた。

 「若者ながらに確かな判断、マルテルは良い部下を持った。お主の働きは無駄にはせぬ。お主に傷を負わせてしまった私が、お主に代わり、必ずやこの城を解放する……!」
 「ありがとうございます……! 差し支えなければ、私が今、着用している鎧具足、ドーン様か、或いは他の皆様で使ってはいただけませんか。いずれも城主閣下が愛用なされた、魔力を帯びた品です。必ずや皆様方の身を守り、この城の解放に役立ちましょう……!」 

 この申し出は、ドーンと“三つ目”のそれぞれにとって、いかにもありがたいものであった。結局、城主マルテル・ファロ愛用の鎧をドーンが、神速を約束する長靴を“三つ目”が、引き継ぐことになったのだった。


 

 

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