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愛憎芸 #44『POPEYE:ポイント10倍デー特集』

 スーパーマーケット・オオゼキのポイント10倍セールのことがPOPEYEに載ったことはあるのだろうか。「月に一度、バーゲンだよね」みたいなコピーが添えられ、10倍セールで得られるポイントの1000倍くらい高い服に身を包んだ、パーマがかかった外国籍のお兄さんが、激安を強調する黄色のPOPに囲まれた青果コーナーで野菜と睨めっこしている、がバーゲンのわりに人は少ない。紙面の左上に、彼が着ている服のブランドや価格が「プラダ ¥350,000」みたいに書かれていても「ブロッコリー ¥150」と書かれることはない。ブロッコリーをそこに記載するのは「おもしろ」になってしまうから。洗練されていないから、おしゃれじゃないから。わたしはおそらくナンセンスで、そこに「ブロッコリー」や「かぼちゃ」だったり(緑黄色野菜すぎる)が書かれていてこそ、だろ!と思ってしまう。

 昨年の11月に自らの引越し祝いとして購入したアポテーケのルームフレグランスがそろそろ切れてしまいそう。それを買う直前までわたしはアポテーケのことを「あぷふらぁ」と読んでいた(APFRなので)。ただ昨年、流石に買うとなれば知っておかないと、と思い調べてみたらあぷふらぁだとおもっていたそれはアポテーケだった。まともに読めないというよりきちんと読む気になるのがあまりにおそい自分には、その場所は相応しくないのではと思いながらも、引っ越したばかりの部屋をいい匂いで満たすことには相応しさも見識もシティも何も関係がないだろうと思った。下北沢、小田急旧線路街、東北沢駅寄りにアポテーケのフラッグシップショップはあり、そこができたばかりの頃、京都から旅で来ていた訪れHと匂いを嗅ぐだけ嗅いで「シティの匂いだ」と言いつつも、そのときは観光地としての利用に留まったのだった。わたしたちは、結局発酵料理をしこたま食べ、新宿のバッティングセンターへ行き、わたしは「セックスアピール」とつぶやきながらストラックアウトに向かって軟式球を投げていた。

 ガサツなシティボーイは存在するだろうか。ガサツでもシティボーイ足りえるだろうか。「本屋にいる君はシティボーイだ」みたいなことをPOPEYEは言ってくれるがさすがにそれは出版不況が苦しい局面を迎えすぎている。わたしは、部屋の中で大事なものがなくなって、2年後くらいに「こんにちは」と顔を出すことがよくある。ハローグッバイもない喪失もこの部屋ではどこでだって発生する可能性がある。それに、わたしにはオシャレなものを本気でおさえにかかる気概がない。本当にオシャレなら「あぷふらぁ」と読むのはカッコ悪いととらえ、すぐに正そうとするはずだ、あぷふらぁなわけないのだから。

 とはいえ四半期に一度はPOPEYEを手に取る。食べログのアルゴリズムも、Google MAPの星の数も主観(その時の書き手の精神状態や境遇を客観視できていないという意味で)だらけのレビューもあてにならない、けれどもせっかく首都大東京にいるのだからおいしいものを食べたいと思うわたしは、グルメ本としてのPOPEYEを信じている。今でこそ我が物顔で幡ヶ谷を歩き、友人と本気でおいしいごはんを食べたいというときは必ずあの街を選ぶのだが、幡ヶ谷という街を信用したのはPOPEYEの一助あってこそである。洗練されたものが好きなので、結局赤提灯文化であったり下町で飲むといったところに魅力を感じる境地には至っていない。そんなんだから、数年前に試してみたタバコも全く続かなかった。健康こそがあまりにも第一。

 「とりあえず今わかっていることは、ずっと東京にいたいということです」と1カ月前の面談で答えたばかりだった。それが、今更ながら「本物」の東京の満員電車を経験し、(以前は始発駅から乗っていたのだ)答えてから1カ月経った今、ずっといなくてもいいかもしれん…と思い始めている。通勤電車というのは「つぶし合い」だ。混雑を改善しなくても鉄道会社はもうかり続けるので、混雑を解消するクリティカルな策はなかなか出てこないから、もうパンパンのパンパンで移動するほかない。東京の悪口として最も用いられるネタの一つが津満員電車だが、まあ言いたいことはわかるなと思う。満員電車の中でくどうれいんさんのエッセイを読んで、ああこの人の暮らしはこんなに充実して、というか彼女の言葉を借りるなら身の回りに「シーン」が連続しているけれど別に東京に住んでいるわけではないんだな、盛岡でこれだけの暮らしがあるなら、薄い根拠で東京での暮らしに固執する必要もないのかもしれない。

 生まれてこのかたほとんどを都市で過ごしてきた。横浜時代は都筑区の某ニュータウン、京都は市内、そして市川、今は世田谷。しかしここで語られない3ヶ月があり、それが新卒で入った会社の本社研修により3ヶ月だけ暮らした富山県高岡市だった。コロナ禍まっただ中の地方都市はとても都市といえるものではなく、蔦屋書店に行ってみたら本棚の前に柱がドカンと立っていて本が取れるか取れないかみたいなことになっていたり、思想が偏った選書がなされていたりで辛かった(この蔦屋書店はちゃんと潰れていた)。あのときはやっぱりコロナ禍でみんな息をひそめるように生きていたから、よそ者はせいぜいくら寿司で誕生日を祝うとか、富山ブラックをどうにか食べてみたけどいろはは正統派ではない、家系でいう魂心家みたいなんもんだと知るとか、あいの風とやま鉄道に乗り富山市へわたり、富山市の紀伊國屋書店で心を癒やしたりとかそういうことをしているうちに3ヶ月が終わり、ほぼ自己責任ではあるがわたしは「絶対に都市で、それも首都圏で暮らさないとダメだ」と堅く決意し、「なんで東京が良いの?人混みとかもすごいし疲れるでしょ」と配属面談で聞かれて「人混み、大好きです!」と答えて東京行きの切符を手にしたのだった。そこから、4年である。

 2月に和歌山の白浜に行った。Hに「そういえば夜の海を観に行きたいんだった!」と言って、岩盤浴のあと慌てて車を走らせてたどり着いたそこは暗闇そのものだった。ザザー、と申し訳程度の波の音が聞こえるが、そこはとにかく風が強く吹く暗闇でしかなかった。暗闇の先で漁船が漁をしているっぽいことはわかったが、雲だらけの夜空は星一つ見えず、ただ風が強く、自動販売機が放つ光はこんなに強いものだったのかと圧倒され、寒すぎてわたしたちは5分とそこにおらず宿に帰った。車のドアがかつてないスピードで締まった。海から戻る道にペンションやそもそもマンションなんかもあって、ここで暮らす人がいるのかと思った。暮らす、ということはスーパーに行きポイント○倍デーを意識すること、そういうことをこの土地でやっている人がいるということ。

 ポイント10倍デーを意識して、Googleカレンダーに登録までして、仕事終わりにオオゼキに寄った。正直しなくてもいい買い物だったけど、ポイント10倍デーをきちんと味わいたくて、2000円分買い物して200ポイントを手に入れた。余計っちゃ余計な買い物だが、やっぱり東京で買う富山県産のホタルイカはうれしいじゃないか。高岡ではスーパーマーケット・アルビスに毎日のように富山県産ホタルイカが並んでいたけれど、市川では兵庫県産ばかりだったことを思い出した。どうも今年は豊漁らしいし、その恩恵はできる限り受けていきたい。

 「10%オフのセール」と言われたらこんなに人は集まらないだろう、と思った。マイナスよりプラスで人はときめく。わたしがかつて通った西友と違って狭いオオゼキの導線には老若男女がひしめき合い、ものが売れまくるので店員さんまでも補充のためにえっさこら。なんか圧倒されながら行列に並んでセミセルフレジで買い物を済ませてちゃんとポイントも貯めてぽりゅん、とその大きな細胞の一部だったわたしはオオゼキから弾き出され、見えるときには富士山が見える帰路についた。今日は富士山は見えなかったけれど、夕焼けが地層のように折り重なってまさしくマジックアワー、買い物袋ぶら下げて、決してそこにたどり着くことはないけれど方向的にそこへ向かっていくわたしの後ろ姿を撮影する誰かはおらんのだが、雑誌「愛憎芸」が東京特集を組むならこの風景を表紙にしたいと思った。

 何度でも言いたいが、ライブカメラで切り抜ける渋谷や新宿の雑踏よりも、みんながそこから帰った先の街、結局そこの人口密度の高さこそがわたしが配属面談で言った「人混み、大好きです!」の人混みだし、4年かけてこの都市の外郭をなぞり続けたわたしは、ついにその内郭に入り、ぼやけたイメージでしかなかったものの手触りを確かめている最中なのだろう。人間のレンズは所詮固定焦点。外から見たら城に見えるそれも、間近で見れば城を構成するごく一部の木材でしかない。だんだんそれが城だったことを忘れるのか、それとも新幹線でこの街から遠ざかる際に寄りすぎた焦点をもとに戻すのか。「最高!素晴らしい!」しか抱いていなかったこの街への感想が少しずつ具体化されて、その先の景色を見に行くのがここ最近の生活である。


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