見出し画像

「僕の心臓に棲むモノクロームの少女と母と」ロスト・カラーズ 第10話

PORTRAI ILLUSTRATIONS BY MARIO ALBA


冷たい月明かりが そこに蠢く者を照らす




「あ”ぁ、僕のケモノが啼いている。背骨をギチギチと云わせ、啼いている。」


冷たいコンクリートの上でマオはもがく。握り潰され捨てられた紙屑のように。




そこは冷たい月と白い街灯が辺りを照らす、公園のコンクリートの道の上だった。
周りに人影は無く、遠くに車が行き交う音だけが響いていた。

そこに

「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、」
薄暗いコンクリートの道を誰かがマオに近づく靴音が聞こえてきた。
マオはもう力尽きて意識が薄れかけていたが、近づいてくる人物が誰なのかを確かめようと目を凝らした



と、マオの目の前には向かい合うJの姿があった。

マオが座っていたのはJの「家」にある簡易ソファだった。

そして聞こえていたのは靴音ではなく「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」と、Jがテーブルを右手の人差し指で叩いていた音だったのだ。



「心臓の音と同じリズムで音を聴かせると人は催眠状態に陥りやすくなるらしいね」

たしかにJの声のトーンや話すリズムは術者のようだったが、あの光景がJに「見させられた」ものだというのか?



「だが、君は確かにその少女の写真を見て脳裏に浮かんだ光景があったのでは?」

マオは混乱していた。



「君はその光景を思い出すことを拒み、そして逃げ出したのだよ」

逃げ出した?ここから?あの夜の場所に?

「だが、君は思い出さなければいけない。その胸の痛みの意味を。君の中に棲むもう一つの君をコントロールするためにね」
その言葉にマオが反応し口を開くより早く、Jは写真集を「バンッ」と音を立てて閉じた。

その瞬間。マオは白い一軒家の前に立っていた。
「バンッ」と音を立てたのは、マオが降りたタクシーのドアの閉まる音だった。
それは3年前、マオが17歳の日の記憶、、、

そこはアメリカ西部サンフランシスコ郊外にある一軒家だった。
アメリカの家らしい白い木造平屋建てで真ん中の玄関ドアから左右にウッドデッキが広がり、そこにはロッキングチェアや2人掛けのベンチが置かれていてどれも白く塗られていた。階段を3段上がりで玄関にたどり着くと僕は呼び鈴を押した

「Oh! welcome! Thank you for coming all the way from Japan to Alisa's house.」
満面の笑みと驚きが混ざった表情をした白髪の巻き髪で大きめのメガネをかけたお婆さんが出迎えてくれて

「You're Mao. I'm glad to meet you. You're as handsome as Alisa told me... No...You're very cute!」
と、僕を抱きしめて頬にキスをしたんだ。

僕はアリサが言っていたアリサの祖母の話を思い出した。
「サンフランシスコに住んでる私の祖母「アンナマリー」は「ステラおばさん」みたいなの。あのロゴマークそのままよ。もちろんクッキーを焼くのも上手なの。「若い頃はアリサのママみたいに可愛かったのよ」と会う度に言っていたわ。その可愛かった頃に「吾妻 耕三(アズマ コウゾウ)」私の祖父とサンフランシスコで出会い結婚をして私のママ「絵馬(エマ)」を産んだの。ママは祖父が大好きで同じ建築家の仕事を選んだの。そしてハイスクールを卒業してから日本建築を学ぶために祖父の故郷、京都の建築大学に入学したのね。そこで「成川 拓馬(ナルカワ タクマ)」私のパパと出会ったの。付き合ったきっかけがね、お互いに名前に馬という字が入ってたから「馬が合った」んだって。ナニソレって感じよね」とアリサの生まれたルーツともに話してくれた。

アリサの母は買い物に出ていてもうすぐ帰ってくるからと、僕はリビングに通された。

アリサは高校進学を機に母親の実家、このサンフランシスコ郊外の家に引っ越しをした。
アリサの父は、アリサが小学6年生の時に若くして病死し母子家庭となったこともその理由の一つだった。

アメリカの家らしい広々としたリビングの壁に大きなモノクロの写真が飾ってあった。

まだ幼さが残るアリサが白いワンピースの裾を風になびかせている
そのアリサの長い黒髪、白い手、白い足のコントラスト
背景に広がる空と大地の境目に生える力強い一本の木
その白と黒が織りなす世界が見る人を幻想の世界に誘ってくれる、、、
そんな素晴らしい写真だった。

そうだ、、、この写真だ。
Jに見せられた写真集、、、あのページの写真だ?
J?ジェイとは誰だ?

「その写真のアリサ。素敵でしょ」
僕は背中越しに声をかけられ我に返り振り向いた。
そこにはアリサの母、エマさんが立っていた。


「家族みんながその写真を気に入っていたから、まだ外せずにいるの」
そう言いながらエマさんはトレイのせたカップとケーキを運んで来てくれた。

「マオくん。会えて嬉しいわ。2年ぶりだけどマオくんは全然変わらないわね。さあ、そこに座って」
トレイをテーブルに置いてエマさんは僕を椅子に手招きしてくれた。

「ごめんなさいね。好みを聞かないで紅茶とレアチーズケーキを用意したんだけど、マオくんは嫌いじゃなかったわよね?」
テーブルに紅茶とケーキを向かい合わせに置いているエマさんの指は細くて奇麗だなと思った。

「このアールグレイの紅茶とレアチーズケーキはアリサが1番好きだった組み合わせなの。美味しいレアチーズケーキを買いに遠出しちゃったからお待たせしたわね」
そういえばアリサはレアチーズケーキが好きだった。

チーズが好きというのもあるけど「ボトムにクッキーを使っているからなの。マリーおばあちゃんのクッキーを思い出すから」といつも言っていたのを思い出した。

美味しい紅茶とケーキを食べながらエマさんと僕はアリサの思い出話をした。中学校3年間の思い出だったけど、話せばたくさんの思い出だった。
エマさんも僕も本当は「悲しい」はずなのに、、、楽しい思い出ばかりを話したんだ。

「マオくん、本当にありがとう。アリサをのことを好きでいてくれて。マオくんと出会ったのは父親が病死したその年だったから、アリサが元気になれたのはマオくんのおかげよ。そして私もマオくんに出会えて本当によかったと思っているのよ、、、」
と、エマさんは立ち上がり僕の左隣に座りなおすと顔を近づけてきた。
ハーフであるエマさんは、やはり日本人離れした美しい顔をしている。

「マオくんが今日、カリフォルニア大学病院から来た事は母には話をしていないの。マオくんは日本からここに来たと思ってるわ、、、母はもう高齢だから、これ以上ショックを与えたくなくて、、、」
エマさんの目は悲しげに、視線は僕の胸に

「マオくん、、、ごめんなさいね、、、」
そう言って、エマさんは僕の胸に顔をつけて、、、涙を流していた。

温かな、そして「悲しいぬくもり」が

僕の心を浸食していった、、、






次のエピソードへ



ロスト・カラーズ 全エピソード (未完) へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?