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アナーキズム・イン・ヤマガタ――「東北の春」に向けて(18)

古書店めぐりが趣味で、先日酒田のある古書店の棚を眺めていたところ、黒色戦線社のパンフレットを目にして懐かしくなった。

耳にしたことのない人も多いだろうから簡単に触れておくと、黒色戦線社とは、明治末生まれのアナーキスト(無政府主義者)・大島英三郎が1970年に設立した運動サークルで、戦前の貴重なアナーキズム文献の復刻版を多数出版したことで知られる。アナーキズム研究者にとっては大変なじみ深い名称なのだ。

そんなレアな本がなぜ酒田に? そう思われる方も当然いるだろうが、実はここ山形という土地は、この20年ほどの間、なぜかはわからないが、アナーキズムの研究者たちと非常にゆかりの深い場所となっているのである。

例えば、『近代日本のアナーキズム思想』(1996年)などの著作がある板垣哲夫氏は山形大学人文学部、『日本アナキズム運動史』(1972年)などの著作がある小松隆二氏、アナーキズム思想・運動を扱った論文を多数発表している三原容子氏は東北公益文科大学と、有数のアナーキズム研究者たちが山形に集中していたのである(現在はすでにどの方も退職している)。

そして現在、『大杉栄伝:永遠のアナキズム』(2013年)で颯爽と論壇デビューした若手アナーキズム研究者=思想家・栗原康氏が、東北芸術工科大学で教壇にたっている。ここ数カ月は、単著『何ものにも縛られないための政治学 権力の脱構成』のほか、山形発祥の興業女相撲を描いた映画『菊とギロチン』のノベライズ『菊とギロチン:やるならいましかねえ、いつだっていましかねえ』、彼によるアナーキズム選集『狂い咲け、フリーダム:アナキズム・アンソロジー』など、続々とその著作が発表されている。

山形とアナーキズムとの見えざる連関。一体それは何なのだろう。興味は尽きない。

そして先日、そうしたアナーキストたちの青春群像を描いた映画『菊とギロチン』(監督:瀬々敬久)を観た。関東大震災後、急速に寛容さを喪っていく社会を必死に生きる二種類の若者たち――興行女相撲の力士たちと実在したアナーキスト集団「ギロチン社」の青年たち――の束の間の交流を描いた青春群像劇である。

興行女相撲の世界が天童市発祥であること、山形市出身の女優・背乃じゅんが力士役で登場していることなど、「山形」をキーワードに楽しめる作品だが、筆者にはある素朴な疑問が浮かんだ。

そもそもなぜ、興行女相撲は「山形」という土地で始まり、隆盛を迎えたのだろうか。そしてなぜ力士の彼女たちが出会うのがアナーキストの若者たちなのだろうか。

少々ネタばれになってしまって恐縮だが、興行女相撲も「ギロチン社」も、どちらも、当時の全体主義化・階級化する社会から差別・排除され苦しみを抱える若者たちに、受け皿や居場所を提供している中間集団である点が共通する。

そこでは、彼女/彼らは出自や身分を脇に置き、相互に対等に生きるということが可能であった。片や相撲、片やテロの技量以外に自分たちを縛る序列のない世界。つまりそれは、一種のアジールなのだった。

そう考えると「山形」とは、差別・排除された人びとが世間の縁を断ち切って避難し、滞留できる居場所、すなわちアジールへのニーズがいちはやく顕在化した場所だということになる。要は、それだけ貧しかったのだということだ。

同じく貧困・排除にじわじわ侵食される現在の私たち。実は私たちの身近にも興行女相撲に似た現象が存在する。それは、林立するグループアイドルである。例えば、AKBや坂道グループには貧困や差別を自己言及的に告発する楽曲が数多くある。貧困や排除の経験者であるというライフストーリーを語るメンバーも目につく。要するにそれらは、新たな全体主義化・階級化によって生きる場所を奪われた「女の子」たちのアジールでもあるわけだ。彼女らのパフォーマンスが男性ファンのみならず、幅広い世代や数多くの女性ファンをも惹きつけているのは、そうした背景がそこにあるからではないかと思われる。 

さて、もう一方の「男の子」たちのアジールについてはどうだろうか。そう考えると、先の栗原ブームなどはその兆候であろうが、現代の「ギロチン社」もまたやがてどこかから姿を現すのかもしれない。

(『みちのく春秋』2018年秋号 所収)

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