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【読み切り】『美術部の上村が死んだ』無駄という心の鎧

三崎しずか先生の作品、すごく好みです。「あの部屋の幽霊さんへ」が素晴らしかった。

他の読切作品も気になったので読みました。良かったので、感想です。

美術部の上村が死んだ

タイトルの通り、美術の上村が死んだところから始まり、すぐに「生き返る」裏切り。「Aである」→「Aではない」という反転のスピーディーさは、見ていて爽快感がある。

ナレーションのバランス、配置が優れているんだと思う。目で追いたくなる流れが心地よい。序盤の数ページで「なぜ死んだのに復活?」「無駄とは何か?」「なにがあった?」という謎が明かされるまで、離れることができなくなる。タイトルも含めて、読ませる力が凄い。

上村の部屋のやり取りに出てくる『2001年宇宙の旅』『AKIRA』などの情報で、そういう生き方の人間なんだな、と分かる。最後のオチにつながるのは「美術部の」というタイトルの方だったので、それがやや間接的ではあった気もする(けど、こういうの好き)。


美術部の上村が死んだ
三崎しずか

何事も「無駄」というフィルターを通じて見ようとする表面上の振る舞い。隠したい本音。あまりにも一貫した姿勢は、心の装甲の厚さだ。脆弱性がある部分をひた隠しにしたい気持ち。強さを装う人間の、一貫しすぎる歪さ。こういうキャラは好み。

ちなみにここでヒロインと読者が、主人公に違和感を感じるのは何故なのか?無駄という文脈で続くのは同じだが「自分ではなく相手の無駄を気にする」「表ではなく裏で話す」という2つの違いによるものかな。やっぱりこの作者、心理描写を絵で演出するのがうまい。

人生とは何か?生きるとは何か?みたいな話を題材にしているのに、話が抽象的にならない点も、エンタメとして凄い。人生のネタバレをするのは「神様」とかでも良い。なのに、わざわざ「龍」にする。人生で起こるイベントとして「何かを思う、好きになる、絵を描く」の中に「イルカかわいい」が入る。こういうのがセンスだとつくづく思う。

『行け!稲中卓球部』でおなじみの古谷実先生も、哲学的で抽象的な話の中で、突如具体的な何かを出してくる。ハシゴの外され方で、つい笑ってしまう。

それを生み出す側の発想の飛躍って、ロジカルなものでは無いはずで、やはりセンスとしかいいようがない。今話題のAIツールで生み出しにくい領域は、この辺にありそうだ。

美術部の上村が死んだ
三崎しずか

「何かを思ったり」のときに、幼馴染の後ろ姿のほうがラブコメ度は上がるけど、そっちには寄せなかったんですね。告白はクライマックスではないし、結ばれて終わりの恋愛映画ではないか。人生全体の話だった。

なにより、終わり方の鋭さが、今作も最高だ。再び好きな物(アトロクじゃなくて、ウィークエンド・シャッフル!)」を見て、好きな絵に向き合う。真っ白なキャンパスは、人生の可能性だ。それを埋める一筆一筆が人生だ、それがどんな形になろうとも。一本の線。積み重ねた結果ではなく、積み重ねる行為そのものが、生の正体。

後味の良さ、爽快感が凄い。連載決まってたくさん読める日が楽しみです。大きく世に出る前の才能に触れられて、幸せ。

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