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【読み切り】『あの部屋の幽霊さんへ』の時間経過の感動

無料で読める読切なので先に読んでくださいませ。
かなり好みの作品だったけど、感想を言語化するのが難しい。

①時間経過がもたらす感動

本作の冒頭は「どれくらい時が経ったのだろうか?」から始まる。そして、一人の人間の生から死に影響されて、主人公の物語も終わりを告げる。

「長大な一人の人生もの」という感動の類型に私は弱い。一人の人間の一生、ある文明の繁栄と衰退。始まりから終わりまでの時間が、数十ページという短さに詰め込まれて、高密度な情報(物語)が生まれる。受け止めて、展開すると、途端に心の容器から、感動が溢れ出る。

最近の作品でいうと『葬送のフリーレン』でも同じことを思った

②1つのフィクションで成立する小さな物語

1つの嘘(フィクション)で成立する物語が好きだ。例えば進撃の巨人は「もし巨人の力があったら?」という1点から、世界が広がる。

本作の嘘は「守護の霊」の存在だ。この存在だけで「その嘘(霊)はどうなっちゃうの?」と、読ませる推進力がある。そして見事に解決される。跡形もなく消え去る。まるでそれが、元の世界の在り方だったように。


③裏切りと、恨まない幽霊

エンタメ的快楽を削ぐ舞台設定である。動かないし、話せない幽霊。長らく転換しない場面と場所。登場するのも、どこにでもいる市井の人々である。

なのに妙に面白い。

小気味よいテンポ、裏切りが続く。最初のやり取りからして、自然と予想されるものの一歩先を行く。悠久の時を生きた可能性がある彼女が感じていたのは崇高なことではない。

https://shonenjumpplus.com/episode/4855956445120596235

ただ、退屈なだけ。無表情な顔のアップもセリフと妙にマッチする。

続くナレーションは「この子が生まれてくるまでは」という、倒置法だ。ギャグが続くかと思いきや、ちゃんと物語の始まりであることが明示されている。これからどうなるの?と気になって読んでしまう。

主人公の反応は笑えるものが多い。無表情なのに焦っているのが、モノローグから伝わる。本来的には感情豊かな子だったんだろうな、と自然と好きになる。

https://shonenjumpplus.com/episode/4855956445120596235

何より驚いたのが、ここの呪詛の言葉。

ずっと笑える雰囲気だったのに、突然刃物を向けられた。怖かった。

このときだけ「あんた」って呼ぶのも、乱暴さを感じて、人の感情の抑圧と瞬間的な爆発を感じる。

しかし主人公は、恨みでは返さない。幽霊らしく呪うこともしない。淡々と、悲しみを告げるのだ。しかし、その声は誰にも届かない。

https://shonenjumpplus.com/episode/4855956445120596235

この場面の、幽霊の悲哀に心が締め付けられる。伝わらない思いってあるよな。言葉にできなかった気持ちも残るよな。フィクションの幽霊の話でありながら、生身の人間でも起こり得るものだ。これを見て心が痛むのは、自分にも後悔があるからだろう。

11月から3月までの時間経過が、カレンダーを見るとわかる。それを見守ることしかできない主人公。長い時間、言葉にできず、反論もできずにいる。なんて無力で、物悲しい。

ちなみに、同じサイズのコマが続くことで時間経過を表す、定点カメラ的漫画演出は最近よく見る。藤本タツキ先生のルックバックのようだ。


この演出にも感動した。

https://shonenjumpplus.com/episode/4855956445120596235

同じ構図が並ぶことで、言葉にできる人間と、言葉にできない幽霊の対比が見事。台詞回しのリズムも良い、脳内再生した時に、妙にしっくりくる。

無表情だからこそ、悲しみの底が見えない。読者の想像の余白が残されている。涙を流すから悲しいは成り立つが、悲しいから涙を流すわけではない。

※そういえば先日『進撃の巨人』のアニメで、リヴァイが部下の死に心を痛める時にスッとした顔になったときにも同じことを思った

④なんて見事な終わり方

なんて、ロジカルで、美しい帰結か。

話さないとわからないことがある。
なぜなら、話を通じてあなたにたどり着いたから。

空想上の友人だと思っていたから、傷つけてしまった。
相手(霊)も、同じ人間だと気づいたから、謝る。

相手が死んだから、自分も成仏して近くに行ける。

ふと目を離したすきに消えるのも「幽霊の成仏」感があって良い。直前から主人公のモノローグが聞こえなくなるのも、彼女の言葉にならない思いを感じる。


優れた物語は、自分の人生に語りかけてくるものだ。

自分を見守ってくれていたあの人の存在を。

尊厳を無視して傷つけた幼き日の後悔を。

話を聞いてほしい誰かがいる人生の意味を。


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